にっぽん丸・瀬戸内海クルーズ 23 - 25 December,2003
2004年は「船旅・クルーズ」を大々的に売り出そう、それには専門家が必要ということで、2003年10月31日に「クルーズアドバイザー認定試験」というのが行われました。
私は筆記は合格しましたが、最近の乗船経験が必要ということで、神戸発の「にっぽん丸・瀬戸内海クルーズ」に体験乗船することになりました。
実は私の乗船体験は結構豊富です。生後間もなく、というのもあるのですが、それは特殊事情によるものなのでこの際割愛。
まずは30年以上も前、返還前の沖縄へ船で行きました。パスポートを持ち、ドルを持って。船は結構揺れました。
次も30年近く前、年末のグアム・サイパンクルーズに行きました。これは Coral Princess という外国船籍の客船で、年末本国に帰らなかったヨーロッパの人が沢山乗っていました。
今思い返してみると、規模は現在の外航船より小さいけれど、基本はしっかり押さえた旅でした。
出港直後、帰港直前に船がとても揺れたのが記憶に残っています。
旅行の仕事を始めて、北欧のシリヤラインなどにも乗りましたが、記憶に残っているのはオランダ花見運河クルーズ、ライン河クリスマスクルーズというところでしょうか。クルーズアドバイザー認定試験の直後にはフロリダでもクルーズを体験しましたが、試験申し込み時に終了していないので、該当しないということで、改めて「にっぽん丸」に乗ることになりましたが、日本の船は初めてなので本当に良い経験になりました。
12月23日、研修参加者は午後2時過ぎに神戸のポートターミナルへ集合となりました。普通の乗客は出発の1時間〜30分前乗船ですが、その前に船室の見学も済まそうという訳です。
神戸三宮駅からポートターミナルのあるポートアイランドまでは、ポートライナーという無人運転の電車が走っています。ターミナルは三宮からすぐなのですが、見たら全線同一料金。それではアイランドとはどんな所なのかしらんと、会議場、遊園地、商店街、病院、住宅街の並ぶ島内を一周して、最後に集合場所へ到着しました。
これから大々的にクルーズを売り出そうというのに、ターミナルのビルは閑散としてレストランも無いので驚きました。食事を済ませてきて正解。
点呼の後、荷物を持って船内へ。通常は荷物は運んでもらいます。
船内は、もうすぐ皆が乗ってくるということで、大作業中、今回の航海はサンタクルーズと銘打っているので、至るところにクリスマスツリー、光るリボンやボールが飾られていました。
私たちは船室を見学させてもらいました。最近の大型外航船の料金は居室のランクによって違うだけで、共用部分は誰でも使えるようになっています。その居室の違いを見せてもらいました。
普通の部屋にはシャワーだけなのがスイートとかデラックスには「風呂」が付いているのが大きな違い、スイートにはリビングが別に付いていましたが、これは多分長期間の船旅の時に差を実感するのでしょう。一番下の階の船室だけは窓が丸、他はもう少し大きいのですが、この丸窓の部屋、料金以外にも場所が静かなので人気だそうです。
「にっぽん丸」には大きな展望風呂が付いているので、浴室は無くても問題無いと感じました。
私はつい11月にフロリダでアメリカの外航船に乗ったのですが、この船とは一日の単価が大分違います。その料金の差が一番端的に出ているのが、居室の広さのように感じました。
居室以外の公共の場所は、大浴場、サウナ、シアター、図書室、カード室、和室、サンデッキ、プール、フィットネスクラブなどが無料で利用できます。カジノもありますが、日本国内扱いなので現金を賭けることは禁止、点数に応じて商品が出るようです。
有料ですがマッサージやマニキュアなどもありました。売店は品数豊富で、安いものは300円くらいからありました。

さて見学が終わって自室に戻ると、テーブルの上には可愛いサンタのお菓子。クリスマスですね〜。
出港が近くなったので、室内のテレビには救命胴衣の着け方など、災害時の対処方法が映し出されます。入り口のドア上には、重装備の放水器。火事は恐いですものね。

17時、出港です。デッキには人が一杯、その間を船員が飲み物を配りながら移動、バンドも出て踊る人もいます。岸壁にも大勢の人が見送りに来て、へ〜え、こんなに短い航海でも、と驚くほどのテープ。うす暮れた六甲の山肌には神戸市のマークが浮かび上がります。
その後、希望者には船内生活の説明会もあります。船内には今まで訪れた各地の記念盾が飾ら、旅心をそそるようです。
出港の後はいよいよ、夕食です。クルーズというと服装が気になる方も多いでしょうが、一応の目安は船内新聞に書いてあります。この日の服装は「カジュアル」、勿論すばらしい装いの方も居られました。
「にっぽん丸」の食事は、数ある外航船の中でも有名と聞いていましたが、なるほど。食事中には誕生日などの記念日を迎えた人へのプレゼント贈呈。
夕食の後はマジックショーを見に、シアターへ。
その他にもカジノ、映画、ダンス、ストレッチ講座、お夜食まであり、この日は焼きソバが好評でしたが、私はお風呂。銭湯なんて久し振りなので、ゆったりしました。入港・出港時の景色を風呂の中で楽しむ人もいるのだそうです。
12月24日:朝は6時30分からモーニングコーヒーが始まります。
また7時からは「おはよう体操」も。
朝食はビュッフェスタイル。和・洋様々な朝食メニューが豪華に揃っています。
船の中では船内新聞というのが配られます。最初の日は乗船時に、次の日からは前日の夜に船室に配達されます。それを見て、その日何をするか考えるわけですが、いろいろな催し物があって、かなり忙しい。船の通過するスケジュールも書いてあります。
ダンス教室、手芸教室、フィットネス・・・、そんなことをしている内にもう、朝のお茶の時間になりました。ホットケーキやラビオリ、サラダ、お茶etc。その後もカジノでゲームがあったり、以前の世界一周クルーズのビデオ放映もありました。

私たちは研修を口実に操舵室を見せていただきました。以前は気軽に見学を受け入れていましたが、最近は保安上の問題から、普通の人は入れてもらえないのだそうです。
島の多い瀬戸内海などで気が許せないのは当然でしょうが、天候などを見ながらスケジュール通りに運行するよう、船の操縦も結構たいへんなのだそうです。現在は大部分をコンピューターで制御していますが、細かい所は実際に海図に線を引いてやっていました。
機関室というのも見せていただきました。ここもコンピューターが導入され、昔の機関室に較べれば格段の便利さですが、故障個所の発見をたやすくするためには、整理整頓が大事と言われ納得。船内の電気は全て、エンジンを廻すときに発生する電力で賄っているとのこと、何年ぶりかの理科を復習しました。
そうこうする内に、えっ、もうお昼。昼食は讃岐うどんや刺身、ミニ親子丼などに椿の形をした練り切り菓子、これも船内での手作りだそうです。
午後はマジックショー、ロープ教室、手芸教室、お茶を挟んでフィットネス、カジノ教室、別の年の世界一周クルーズの記録ビデオの上映がありました。
5時30分からのカクテルパーティーの後、いよいよクリスマス・ディナー。今日の服装はインフォーマル、男性は上着にネクタイ、女性はカクテルドレスまたワンピースというところだそうです。これぐらいならば大丈夫ですね。

この日はメニューは、海鮮と肉料理の間にシャーベットが出る豪華な正餐で、デザートには可愛いサンタさんが乗っていました。
船はその間に別府湾に到着していました。クリスマス・イブのこの夜、別府湾では花火大会が催されるので、それを海から見ようというのです。
冬とは思えない暖かい気候に恵まれ、デッキに座って花火を堪能、終わると今日の目玉「岩崎良美さんのクリスマス・スペシャル・コンサート」へ皆走っていきました。

その後も、カジノ、ダンス、映画、おにぎりや温麺の夜食・・・。
12月25日:モーニングコーヒーに始まる一日、朝食、10時のお茶、昼食の間に、おはよう体操、輪投げ大会、ダンス教室、手芸教室、ビンゴゲームなどが行われます。航海が長ければダンスなどはさぞ上達することでしょう。船員さんたちの様々な能力、そしてホスピタリティに感心しました。
さて、研修者である私たち、今日は船内の医務室を見せていただきました。航海中一番多い患者は「船酔い」だそうですが、長い航海の場合には重病患者が出ることもあり、時には降りなければならないこともあるそうです。
レントゲンを始め、殆どの症状に対応できる様々な設備が整っていることを知り、安心しました。
ただ、船内での治療には健康保険の類は利かないとのことで、必ず旅行傷害保険へ加入して、私たちも備えなければいけないとのことでした。
昼食は神楽弁当といって塗りものの弁当箱に様々な食材が入ったもの、暖かいお蕎麦が付きました。
昼食が終わると下船の支度。大きな荷物を出して部屋で待機するうちに、階ごとに呼び出しがあって順に下船します。
今回初めて知りましたが、船の入港・出港は混乱しないように、出航は奇数時間、入港は偶数時間などと港が管理しているそう、これにピッタリ着けるのも船長の腕ということのようです。
午前中に下船、午後別の客が乗船というのが普通ですが、今回は下船が14時からということで、夕方次の航海(グアム・サイパン新年クルーズ11日間)に出る「にっぽん丸」は大忙し。11日分の資材の積み込み、私たちのゴミの運び出しが大変でしょう。目に付く所では沢山のクリスマスツリーの収納に必死でした。夕方までに全部を門松に取り替えるのでしょう。
このページの最初へ戻る
過去の旅 目次へ戻る
ホームページの最初へ戻る
付録:今回私は神戸まで夜行バスを利用したため、乗船前後の時間がたっぷりあり、今まで訪れる機会の無かった神戸近郊を探訪してきました。
12月23日:「聖徳太子はペルシャ人だった」という本を10年ほど前に読んで、関連があるお寺が神戸の近くにあると知り、一度は訪ねて見たいと思っていました。
神戸に向かうバスの中で突然訪問を思い立ちましたが、お寺の場所を忘れ、確か、明石とか須磨とか書いてあったように思いましたが、私が持っていたガイドブックには神戸が須磨までしか出ていませんでした。
まずは須磨へ行ってみる事にしました。
須磨は源平の合戦の舞台だったので、その遺跡が沢山、まず駅の近くの敦盛塚へ。敦盛は14歳くらいで合戦に参加し、熊谷直実という源氏の武将が首を打ってから初めて彼が幼い事を知る、という有名な人ですが、塚は国道沿いにあって車がビュンビュン走る気の毒な状態でした。隣には売店らしきものもありますが、閉まっていました。
今日は海岸の釣り場が休業日で、いつもに増して人出が少ないとのことでしたが、あの店は曜日に関係なく既に潰れているようでした。
近くは海浜公園とかでロープウェイで高く昇れば海の景色が素晴らしいようでしたが、曇天のためパス。海には驚くほど沢山の船が浮かんでいました。
海に沿って国道沿いを歩いていくと何やらモニュメントが立っています。囲いの両側の門柱には大きな石の地球儀が載っていたのですが、神戸の震災の時に片方が落ちてしまったとか、当時の事を伝えるためにそのまま放ってありました。
そのモニュメントの近くには安徳天皇の行在所跡、と言われる神社があるとのことでしたが、わかり難い場所でした。現在も近隣の人たちに守られて小さな神社が花に囲まれてありました。この辺りの地名が「一の谷」でした。
次は須磨寺。宝物館に敦盛愛用の青葉の笛が収められていることでも有名ですが、大きな、雰囲気のあるお寺でした。義経が敦盛の首実験のために座った松、弁慶の鐘など色々。寺の入り口には霊験ありそうな大きな石、境内には四国88ヶ所の寺の砂を収めた場所があり、ここで全部回れる仕掛けになっていました。
須磨では聖徳太子の影も見当たりませんでしたが、須磨は結構見るところの多い場所でした。
・綱敷天満宮は、菅原道真が九州へ流される途中、風波を避けて上陸した降り、地元の人たちが綱を巻き、円座を作ってさせたことに因んだ場所とか、境内には「成せばなる・・・」に因んだ? 茄子の置物があり、座ると願いが叶うとかで、私も座ってみました。

・須磨は源氏物語にも出てくる場所で、縁の寺があるとのこと、行ってみましたが、これは全く新しいお寺になっていて、ちょっと期待はずれでした。
12月25日:しつこく、聖徳太子。
以前読んだ本に「聖徳太子の正体」というのがありました。私はこの種の、怪しげな歴史物が大好きなのですが、この本の中では、あれほど血筋もよく、優秀で尊敬もされていた人が天皇になれなかったのは何故か、という疑問から始まって、聖徳太子は日本人ではなく西域〜中東にかけての出身で、多くの人の話を一度に理解したというのは多国語を解したという意味ではないか、とか何とか、そしてその根拠の多くが、太子に縁があると言われる加古川のお寺に拠っていました。
今回そんなに時間があるとは思っていなかったので、そのお寺の場所も名前も忘れてしまい、持っていったガイドブックには須磨までしか載っておらす、かすかな記憶から須磨かもしれないとクルーズの前に行った時探したのですが、どうも関係ないようでした。
クルーズ中に家にメールしたり、近辺に詳しそうな人に訊いて、どうも加古川の鶴林寺らしいということまでは分かり、取りあえず行ってみることにしました。
三宮から加古川までは\740、それなら記念にICOCA(関西のJRで通用している、関東のイオカードのようなもの)を買えば良かったのですが、発車時間が迫っていたので現金で。
昔はJR加古川駅から私鉄のようなものが走っていたらしいのですが、現在は無いだろうと教えられていたので、駅に着くとまず駅員さんに「鶴林寺へはどう行くの?」と訊きましたが、バスに訊いてと言われました。
駅の真ん前のバス停からはちょうどバスが発車する所でしたが、あと一歩で間に合わず、交番に行ってみました。
鶴林寺は加古川唯一の観光名所と言ってよいところだそうですが、驚いたことに駅前の交番では、場所はようやく分かりましたが、バス順路など全く分からず、やはりバスに訊いて欲しいと言われました。
先程のバス停に行って見ると、次のバスまで40分程もあるのです。そのバスが正しいかも分からないので、仕方なくタクシーにしました。交番では、駅前の道を真っ直ぐ歩いていけば着く、とも言われましたが、駅前の道はすぐに大きく曲がってしまうのですね、歩かないで良かったです、案外道は複雑でした。
到着した鶴林寺は国宝だそうですが、曇りがちの夕方、ちょっと恐ろしくなるぐらい人気がありませんでした。
1時間ほどの滞在中、全部で5人ほどの観光客、山門外には小さな土産物屋?、山門の内側には料金所がありましたが、コタツに入ったおじ(い)さんが、座ったままで発券。ついでに帰りのバスの時間を訊いてみると、4時40分と5時25分とのこと、お寺は5時まででした。
境内はでも立派なものでした。最盛期にはさぞやと思われる豪壮な伽藍、宝物館には聖徳太子縁の品々が展示されていましたが、来館者が少なくて気の毒のよう。
この寺は歴史上は聖徳太子の家来、秦の河勝という人が建てたと言われているのですが、私の読んだ本には、この地が太子が中東から流れ着いた場所で、ここには太子が愛用していた「地球儀」様のものが伝えられているということでした。
宝物館には地球儀は展示されていませんでしたので、係りの人に訊いてみたのですが、あんまり驚かれて、こちらが困ってしまいました。
住職さんがもうじき見えるので、境内で探して尋ねるよう言われましたが、そんな物をすぐ未見せてくれるわけはなし、めったに来ないバスの時間が迫っていたので、今回は退散。次回は前もって問い合わせて来る事にしました。
そこで退散して正解でした。バスで駅へ向かううちに辺りは真っ暗になってしまいましたから。
神戸へ向かいましたが、今日は電飾祭り「ルミナリエ」の最終日、ということで、ひとつ手前の駅「元町」で降りて見物することにしました。
船内で受けたアドバイスに従って元町で電車を降りて正解でした。通行制限をしていて、元町から三宮のルートだけ、反対向きには歩けなかったのです。
電飾なんて全く見えない場所から、大勢の人と歩き出しましたが、何度も静止させられて、途中では帰りのバスに間に合わないのではと心配してしまいました。

それでも漸く灯りが見え初めて・・・、綺麗でした。買ったばかりのデジカメがまた、大いに威力を発揮しました。
案じていたほど時間もかからず、メーン会場に到着、写真を撮りまくり、土産を買いまくり(実は、会場は神戸物産展という様相)、最後には神戸市庁舎上階からの景色も楽しんで、私の神戸散策は終わりました。
このページの最初へ戻る
過去の旅 目次へ戻る
ホームページの最初へ戻る