カナダ・トロント、ケベック 2002.10.16 - 23


写真を押すと説明が出ます。

・オ−ストラリアから帰国して二日、今度はカナダへ出発しました。日本との時差が殆ど無かったオーストラリアと違ってカナダと日本では昼夜がほとんど逆。出発日の10月16日は約40時間あったことになります。

10月16日:今回は全員が相模原在住ということで、成田までは相模大野発の直通バスで行くことになりました.
泥縄人間の私には、ギリギリまで荷作りが出来るというメリットも捨てがたいものがあります。

成田までの距離は相当あり、昼間の到着時間は完全には保証されないとのことで、一便早いバスに乗りました。でも、時間ピッタリに着きましたね。

両替:現地で両替したほうが有利かも、でも一文無しでは心細い、ということで\5,000両替に行った人があったのですが、「はした金の両替は出来ない」と断られたそう。失礼ね。結局空港では両替せずに出発しました。

機中は満員。紅葉観光のパッケージグループに混じって、ホームステイに行くという中高生が多いのには驚きました。機中で折り紙講習してあげました。

トロント着。滞在時に訪問する多数の場所への、大量のお土産を飛行機に積んでいましたが、荷物を受け取りに空港に来てくれた人があり、軽くなり一安心。

予定していた両替は、窓口が一つしかなく長蛇の列。とても国際空港とは思えない。去年も痛感したけれど、カナダの空港での両替は超不便。私は誰も並んでいないATMで引き出し。トイレも長蛇の列でした。抜け道あり。

乗合ミニバンでナイアガラへ向かう。走り出して間もなく日暮れ。真っ暗な中を走っていると突然停車して、とてもナイアガラとは思えない真っ暗な駐車場で、一組が下車。コースから大分離れたホテルへ向かうとのことで、別の車が迎えに来ていた。以前に乗った時には自宅まで横付けという例もあった、結構融通の利くバスなのだ。

ホテルはアメリカ滝の正面。受付では日本語で書いたホテル利用案内を呉れ、日本人が沢山。もう日本時間では明け方なので、そのまま眠るのかと思ったら、夕食ということになり、何と、着くなり日本食。窓から滝は見えるけれど、レストランはまったく日本そのまま。

ホテルの両替レートは悪いと知っていたが、1ドル=¥100はちょっとひどくな〜い? 替えず。

部屋に戻るとライトアップされた滝が美しい。

10月17日:突然のブザーの音で起こされる。火災報知記が鳴っている。何やら放送もしているが、よく聞こえない。ドアを開けると向かいの部屋の外人女性が、「部屋に居るようにと言っている」と教えてくれる。そういえば放送もそんな風に聞こえる、と納得してドアを閉めると今度は怪しげな日本語の放送。日本人にも到底分からない、と思いながらドアを開け、不安そうなさっきの外人さんに教えてあげる。 いつものことながら、ずぶ濡れ

ホテルの報知器は、消防車が来て原因を突き止めるまで止めることが出来ないとかで、外にいた沢山の消防車が走り出すまで約30分間鳴り続け。それでなくても時差ぼけの第一日目、5時にはすっかり目が覚めてしまった。

食後歩いて滝へ。暖かかった日本から来た身には、やはり寒い。木々は紅葉していて美しい。

霧の乙女号は10月24日までとか、でも今日は満員で、手すりの取り合い。昨日の機中の人たちが沢山見える。しぶきよけに貰ったレインコートはお土産にして、後で思わぬ役に立った。

テーブルロックでATM発見。でも壊れていて使えない。イタリアでは絶対壊れていたことがないのに、他の国ではどうしてこうなの? 金銭に対する執念の差か。

スパニッシュ・エアロカーお客のほとんどはアメリカ人らしく、米ドルとの比率は至る所に見えるが、それに負けず多そうな日本人に対しては、サービス悪くない?
お昼にホテルを出てナイガラ・オン・ザ・レイク経由トロント空港へ。途中も紅葉が素晴らし〜い。

ナイガラ・オン・ザ・レイクには両替所あり。郵便局では両替出来ない。 有名なジャム屋さん

街中には可愛いお店が一杯。こういうお店が流行るということは、旅行の主体が女性であることの証明? 日本人の団体さんもいました。

ケベックの空港から街まで、タクシーはいくらかと案じていたら、空港に適正価格が貼り付けてあった。大きな団体で来るとお迎えが来て、知らずに過ぎてしまうことだけれど。

フロントナックホテルは前回来た時のトラブルで印象が悪く、来たくなかったのだけれど、日本人には人気。外見が良いものね。でもマネージの悪さは相変わらずで、三部屋と書いてある予約券を出しているのに、予約は一部屋でしたよねと念を押す。違うよ、と怒ると、エレベーターまでが違うバラバラの部屋を呉れる。近くの部屋にしてくれと言うと、一部屋景色が悪いと言う。

構わないからと上がって、待てど暮らせど荷物が来ない。催促に行くと、ポーターは部屋の番号も知らず、荷物は置いたまま。フロントと両方に催促して、再度上がって待っても荷物が来ないのでまた見に行くと、ポーターは電話中。私の姿を見ても話しやめない。イライラ。

再度フロントにも苦情を言うと、「電話中だったから」とシャーシャーと言う。あんな長電話が公用なものか。

やっと食事にありつける。表のデッキに面したレストラン。景色も値段も最高。

食後、外へ。木のテラスの端には、ケベックの開祖フランス人シャンプランの像。夏に彼の出身地サンマロへ行ったことを懐かしく思い出す。

エレベーターはもう止まっているので、歩いて下へ。見下ろすと街は古いフランスの下町のよう。港に目を転じると、大きな客船が横付けになっている。水面部分だけでも10階くらいあり、横に大きなエレベーターが付いている。何処の国から来たのか、哀しき老眼で、夜になると遠目が利かない。「明日見れば」と言われたけれど、電気があまり点いていないところを見ると、今夜出港では・・・。

10月18日:早朝、下町を歩き回る。何時来てもステキな街。エレベーター(片道$1.50)の係り員は日本語で挨拶。昨日の豪華客船はやはり出港していて、今朝はもう違う、少し小さめの船が。そこから下船したらしいグループがガイドに連れられて歩き回っている。
上町と下町を繋ぐエレベーターケベックの下町ケベックの上町

街はハロウィーンが近いので、かぼちゃの飾り物が面白い。私はウサギ肉専門レストランを見つけてショック。
ガイドさんと車で観光へ。下町は見たと言ったら、シタデルなどセントローレンス河が見える場所を回遊。「錦」と形容したいような美しい紅葉。
哀れ!「ウサギのソテー」という名のレストランハロウィーン真近ステキな花飾り

続いて郊外観光お決まりのモンモランシーの滝へ。以前は落差がナイアガラより大きかったとか。紅葉に埋もれて美しいが、寒い。
オルレアン島の手前モンモランシーの滝。落差はナイアガラより大紅葉!

滝の向かい側にあるオルレアン島もリクエストのひとつ。長い間孤島で、陸地とは渡し船の便しか無かったので、古いフランスの雰囲気を残したケベックの中でも更にフランス色の濃い所と言われている。

途中の農家にはかぼちゃが一杯。りんごも沢山売っていた。後で考えると、メープルシロップ製品もこのショボイ店が一番安かった。何しろ同じものでも「定価」という概念が無いお国柄、どこが一番安いかを見極めるのは容易なことではない。 メープルシロップを固まらせてお昼のレストラン

お昼はメープルシロップ製品を使ったもの、ということで、一見田舎風のレストランへ。肉にもメープルシロップをドバドバかけるのにはびっくり。また、これがなかなかいけるのです。大きなバスで大団体が来ており大騒ぎ。モントリオールから来たとのこと。

最後にはこの地方の名物、雪の上にメープルシロップを落として固まらせる、というので「雪はどこ?」と見渡したら、砕いた氷で代用。でも大人も喜んでいる。

メープルシロップを自家生産している家へ行きたいと頼んであったけれど、ガイドは忘れたか、とぼけたか、パス。
紅葉!☆☆紅葉!

次は北米唯一のカトリック巡礼地ノートルダム教会へ行こうと言われたが、皆の希望はスーパーマーケット。先日のトラベルジャーナル(業界紙)にも、観光客が一番行きたがるのが地元のスーパーとあったが、ここまで来て少々もったいない気がしないでもない。

安いメープルシロップを探したけれど、そのスーパーには無し。何も買わないつもりの私はハロウィーンの魔女人形と、クリスマス用のタオルをつい買ってしまった。

ケベックからモントリオールまでは列車。ケベック駅には両替所(Thomas Cook)あり。列車の一等は食事つき、と楽しみにしていた皆は、お疲れで乗るなりグッスリ。

カナダで長距離列車に乗るのは何度目か、同じ区間でも乗るたびに色々変わっていて戸惑う。ケベック・モントリオール間も以前乗ったことがあるけれど、
・今回一等には待合室あり。前回は時間が無かったのか?
・前回はレストラン・カーだったが、今回は飛行機の機内食形式。
・前回は若いボーイさんと記念撮影した人があったが、今回はオジチャン、オバチャン。
・荷物はチェックインせず、自分の車両へ持ち込む、成田エクスプレス式。

モントリオールの宿は駅の真上。地下駅から上がっていくと、パーティーでもあったのか、肩を出したドレス姿の女性が沢山。両手に荷物、ドタ靴の疲れ果てた我が姿が恥ずかしい。

北米のホテルは「ツイン」というとダブルサイズの大きなベッドが二つ入っているのが普通。そのため、却って「ツイン」と「ダブル」の区別が厄介な時もある。「ダブルルーム」と言うので「ツインね」と確認して入った三部屋の内、一部屋はベッドがひとつ。慌ててフロントへ行って替えてもらう。ダブルのようで、ベッドが離れるものもあるので厄介だ。

豪雪! 10月19日:結構距離があるローレンシャンへ行くので早起き。モントリオールの市街地を抜けると、もう紅葉、紅葉、紅葉。常緑樹も混じっているので対比で更に美しい。が、途中から雨が雪に変わり始め、あらら大雪に。路上にはスリップしたらしい車も散見され、不安。
豪雪!
恐ろしい、もう紅葉は充分見たから、奥地まで行かなくても満足、という皆の声に、途中で高速から降りて、まずはマクドナルドへ。駐車している車のいくつかは、もう雪だるま状態だ。ここは雪が多いらしく、普通のマックならば外に設けてある子供用の遊技場が室内にしつらえてあった。スキーの話などしながら中へ入ると、ここもやはりケベック、メニューがフランス語。

暖かい飲み物を飲んで一息入れ、引き返すことに。

北米を走っている車には、どんな山の中で遭難しても連絡がつくように無線装置が付けられているとかで、往路に見かけた事故車は全部片付けられていて、その素早さには感心。しばらく行くと雪は雨に変わる。 St Sauveurの町並み

St Sauveurで車を止める。ナイガラ・オン・ザ・レイクよりもっと女性に特化した、可愛いお店の並ぶ街。雨宿りしたブティックでまたまた大買い物。しばらくしたら日本人の姿がちらほら、団体バスが着いたらしい。私たちはもう引き上げだけれど、彼らは雪の中、紅葉を見に行くのかしら。

予定より大幅に早く戻ってしまったので、モントリオールの市内観光をすることになった。モントリオールは前後左右を川に囲まれた島、ということで橋を渡るところから運転手の説明が始まる。

かつてのオリンピック競技場を過ぎた頃、私が日本語で「このあたりの家々は、半地下です」と説明すると、運転手が怪訝な顔で、「どうして知っているの?」と聞く。「雪が多いからでしょ」と言うとますます怪訝そう。彼は「ハンチック」という名のこの地区に住んでいて、私の言った「半地下」と発音が似ていたため、私がこの地区を知っているのかと驚いたよう。

車はモントリオールの島部分を越えて南下、川の中にあるいくつかの島で、カジノや素敵なレストランを見た後本島に戻り、旧市街へ。ケベックを発見したジャックカルチエに因んだ広場などを見物した後、有名なノートルダム寺院へ。 内部が青いノートルダム寺院

船乗りに深い縁のあるノートルダム寺院は、祭壇の背景が空のような青にライトアップされていることで有名。雨にも拘わらず大勢の観光客で溢れていた。内部には船の形の寄進物のほか、柱や壁が豪華に彩色され、寺院の裕福さが感じられる。

昼食は軽いもの、というリクエストに運転手が案内してくれたのはTim Hortons。カナダの国技であるアイスホケーの有名選手が、ホッケーで稼いだ金で始めた全国チェーンのサンドウィッチ店だ。マックのカナダ版というところだが、やたらに油っぽくないところが良い。注文はマックと同じようにパネルから選ぶようになっているが、大・中・小の他に、パンの色・材料も選ぶようになっており、パンの種類の豊富なのに驚かされる。暖かいスープと日本ではとても食べられないターキーのサンドウィッチを注文。運転手はダイエット中とかで、コーヒーのみ。ここのコーヒーは非常に評価が高いとか。

飛行機の出発までには時間があるので、「リムジン」を見せてくれるとの言葉に誘われ運転手のオフィスへ。大型バスが何台も入る大きな車庫に、皆の憧れのリムジンが数台置いてあった。白いのは本日結婚式に貸し出し中。普通の乗用車の胴体を切断して伸ばしたもので、10人くらい乗れるとのこと、車内にはバーがあり、シャンデリアがあったりイルミネーションが点滅したり、ちょっと「かたぎ」の人には受け入れがたい気もしたが、皆大喜びで撮影会。

このサービス満点の運転手は、両親と共に20代でカナダに来たレバノン人とのこと。アラブ系の顔立ちで、この一年さぞ苦労が多かったことと思われるが、家族全員がモントリオール近郊に住まい、家庭的な交流の話の一方、運転手業の傍ら自分の会社も経営しており、バンクーバーへは行ったことがないが、カルガリーへはビジネスで度々行っていると言い、レバノンでも仕事をしていると聞いて、その逞しさに感心した。オーストラリアでも感じたことだが、「仕事、生きる術」という概念が頭から日本人とは違う気がした。

トロントでは空港で「マキシ」と呼ばれるONE BOX CARを掴まえることが出来、一台にぎゅうぎゅう詰めでホテルへ。

トロントのプリンスホテル(現ウェスティンプリンス)は30年も前に私の英語の先生であるHelenさんのご主人が建築に関わった懐かしいホテルで、今も日本人の利用者が多い。空港からは近いが、街中に出るには少々不便だ。

着後、間もなく、前スカボロ市議会議長のFred Johnsonさん宅で歓迎パーティーがあるため、お迎えの車で出発。日系二世の方で、車中では日本の演歌のテープを流してくださる歓迎振り。日本語は自由自在といかないようで、私の方も日本語と英語がゴッチャになる。

Johnsonさん宅には彼のお孫さん、知り合いのほか、日本に関係のある様々な人が30人余りも集合。おうちの中には日本のお土産が一杯。途中自己紹介もあったが、私は近くに座った日系人の方たちと話が弾んだ。

夜中1時も過ぎてホテルへ戻ると、Helenさんからの留守電が入っていた。時計を見て迷ったけれど、電話を架けてみると彼女も私の返信を待って起きていたとのこと。明日なら都合がつくということで、ホテルで会うことになった。考えてみれば、ここのところ毎年のようにカナダに来ているけれど、彼女に連絡するのは5年振りくらい。

10月20日:ホテルのロビーでHelenさんとご対面。しばらく家族の消息話に花が咲く。あちらのママも私の両親も健在だが、子供たちの年齢に時の経過をしみじみ感じる。

日本で今騒ぎになっている東京電力も話題にもなり、私たちが知り合うきっかけにもなった二見さんが、原子力担当重役として降格になった後、どうしているか心が痛む。

12時からはホテルでトロント裏千家のお茶会。Helenさんも出られることになった。会場は日本間ではなく、正面に床と立礼の席を置いて、客席は全部テーブルと椅子なのにはちょっと驚き。席主が挨拶の中で、柿を模った主菓子についての苦労話をされたのが印象的だった。棗の材質はメープルの木、茶杓も水差しも手作り、と聞いて、異国で日本の伝統を守ることの大変さの一方、創造する楽しみもあるのだと感じた。

お茶会の後は昼食。段になった和弁当を作れる料理屋がトロントにはあるとのことで、おいしかった。汁物にカナダ産マツタケが贅沢に使ってあった。 「もみじ」の美しい日本庭園にて

お茶会の後は、日系カナダ人が主に入居している施設「もみじ」へ。足の便が少ないと言うことで車のあるHelenさんも同行。

「もみじ」は、オーストラリアへ同行した知人の建築家が現在研究している「コレクティブハウス」の形態をとった老人施設で、つい最近、非日本人も入居したとのことだ。

上には高層のアパートがあり、居住者はそれぞれ台所と風呂・トイレの備わった個室に住んでいる。下層には日本でいう公民館のような施設(結構大きい)があり、場所を貸して収入にしている。この日もインド人家族のパーティーが行われていた。

居住者は自室で食事も出来るが、下層の食堂で有料で食べることも出 来る。元気な人も自分ひとり分の食事を毎日用意するのは時に空しいので、これはとても良いシステムと思う。

音楽から踊り、手芸、ゴルフまで、様々なカルチャー教室も開催されている。

居住者はだんだん老齢化が進んでいるようで、車椅子の人や会話が不自由な人も見受けられるが、元気な人は、カナダ生活が長いので日本の老人とは違った活発な雰囲気を感じた。子供が住んでいるからと、テキサスやフロリダへ飛行機で行く計画をしている人が多く、その行動規模の大きさにびっくり。

「もみじ」では大正琴の演奏会の後、全員で日本の歌を歌ってお開き。 その後、近くのレストランで夕食だったが、カナダに来てから食べ続けでとても入らず、食前フルーツサラダ、デザートもサラダだけにさせてもらった。アイスクリームだけは別腹。Helenさんとは食後お別れ。次は何時会えることやら。

10月21日:朝、お迎えにスーツケースを預け、トロントの市庁舎へ。約束してあったので係りの人が市庁舎内を案内してくれる。市庁舎はガイドブックの最初に写真が出てくるようなユニークな建物。前の広場は夏はプール、冬はスケートリンクとして使われるが、ここは初代ユダヤ人市長で大変功績のあった人を称えて、その名が付けられているとのこと。名前は忘れてしまった・・・。

市長さんにも面会希望を出してあったとのことだが、あいにくご多忙。名何しろ相手は人口350万の大トロント市長ですからね。アシスタントの女性に親書と相模原名物の大凧のミニチュアを託す。

今度は日系カナダ文化会館(JCCC)へ。トロント到着以来ずっとアテンドして下さる日系人の方たちが誇りを持って話されるように、これは他の国にある日系人会館とはちょっと趣を異にする、トロンド在住の日系人の奮闘、努力の結晶と言えるもので、苦労に押しつぶされること無く、積極的に生きて来られた彼らに大いに敬意を表したいと思う。 まるで日本。JCCC入り口で館長さんと

日系カナダ文化会館(JCCC)では日系移民の支援プログラム、短期駐在者支援プログラムの他、トロントに住むアジア系移民への発信、そしてカナダ人全般へ向けた日本文化の紹介プログラムなどが多種組まれており、日本舞踊、墨絵、書道、茶道、柔道、剣道などが行われている様子を見ると、現地の人は日本に居た時よりよほど日本的な雰囲気を味わっているように見受けられた。ある企業のビルを最近になって買い取ったため、広々しているが未完成の館内の見学、軽い昼食の後、何と皆の憧れのリムジンでトロント空港へ向かうことになった。

超胴長で、外見はカッコイイけれど、乗ってみると案外中は狭い。天井が普通の乗用車と同じ高さなので、立つことが出来ず、移動は困難。私はミニバンの方が良いと感じた。

バンクーバーまでは約4時間の飛行。空港ではミニバンが掴まらず、タクシー二台でホテルへ。

どうしても土産が買いたいと言うことで、着くなり巨泉の店「OK」へ。随分遅くまでやっている。

バンクーバーで、カナダ最後の夕食。中華で大きなロブスターを注文し、もうオナカ一杯。

10月22日:朝食に行くとレストランには高校生らしい団体が一杯。出発しようと外へ出るとバス4台もの団体さんだ。今更ながら、修学旅行の多さに驚嘆。日本から近くて、英語が通じて、治安が良くて・・・、これで往復のカナディアン航空がもう少し安いと言うこと無いのだけれど。

私たちはミニバンにスーツケースも乗せて出発。植物の好きな人がいるので、サンケンガーデンと呼ばれる、石切り場の跡に作られた植物園へ。去年来た時には「黄葉」で美しかったバンクーバー市内だが、気温の関係とかで今年はまさに「紅葉」。植物園まで行かなくても充分美しいが、植物園の中は更に美しい。植物園自体は石を場の掘った跡なので地面より低くなっているが、場所自体が高くなっているので、バンクーバーの象徴と言われるライオンの形をした山も見える。
サンケンガーデンの紅葉☆☆サンケンガーデンの紅葉


バンクーバー空港では、団体バスは一番はずれに停まる。ミニバンはバス扱いになったりならなかったり、ややこしいが、団体扱いになるここでは、車から降りずにキップだけを係員に渡し、荷物の数を申告。去年団体で来た時と全く違うのは、ニューヨーク事件のせい。

キップは係員がチェックインに持っていってしまう。荷物も別の係員が降ろして、地上に並べ、私たちはその後に降りて、荷物のそばに整列。係員が一つ一つ荷物の持ち主を特定し、お決まりの「この荷物は自分で荷造りしましたか、云々」と一人一人に聞いていく。6人でも随分な手間だが、大型バスでも同じ手法、時間がかかる。全部外でやるけれど、雨が降ったらどうするのだろう。バスが何台も重なったら・・・。もともと能率の悪い空港だけれど、これでは二時間前ではとても間に合いそうも無い。

やっと建物の中に入り、搭乗券と荷物の半券をもらう。ここで、空港税を現金(またはカード)で購入。カナダでは空港税がキップに入っていない空港が多く、特にバンクーバーのように人が多い所では厄介。中に入るとセキュリティチェックがまた長蛇の列。こんな所で、ソーイングキットのハサミが・・・、捨てられてしまった。

それを過ぎれば、後は日本と一緒。寿司パックを売っている店あり、ラーメン屋もある。もちろんブランド店もあるので、みんな買い物に忙しい。

往路一緒だった新潟県・燕市の中学生がまた一緒に便。治安が良いと言っても、身ぐるみ盗られてホストファミリーに送る写真が一枚も無くなってしょげている子、パスポートを落とし、奇跡的に届けられた子など様々。でも、もう一度行きたいとのこと。

時差ぼけ予防に眠らないつもりだったけれど、人いきれでお疲れ、よく眠ってしまった。気が付いたらもう成田上空。もう10月23日。

帰りも空港バス。超特急旅行でしたが楽しかったですね。お疲れ様。

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