・私が所属している働く女性の団体BPWは三年に一度、世界中のメンバーが集まって総会を開催しています。
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約束の時間に「Women's Policy Office」を訪問、オーストラリアでも女性の労働条件は良いとは言えず、その改良に努力している、と活動についての話を伺う。途中、連れの一人、建築家の木村さんが興味を持って研究している「collective house(弱者が弱点を補うべく共同生活をしている場所)」に話が及び、パースにもあるとのことで連絡先の電話番号を教えてもらう。 | ![]() |
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やって来ましたピナクルズ。元は海中にあったという平らな地面が侵食されて出来た奇観。シェークスピアの顔だとか、教会、亀など色々な形になぞらえてあるが、風化でどんどん形が変わっていくらしい。
見渡す限りの砂漠の中で、先日行方不明になって一晩夜明かしをした日本人がいるらしい・・・。それは大変、とガイドにへばり付く。ここは、小型バスの方が中まで入れて有利。 復路には小さな野生動物園に寄る。夕方なのにコアラはまだ眠っている。下腹の膨らんだカンガルーは、子供を袋に入れているとのこと、随分大きくなるまで出ないのだそう。日本と同じくパラサイト。 そして人気急上昇中のウォンバット。照れて、この直後に後ろを向いてしまった。 |
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その後はアボリジニーの洞窟へ。壁に微かに彩色の後が見られる。 この日のバス、まさかとは思うが帰り道を間違えて迷った? 地図を見たり、「あ、この道だ」なんて助手と囁きあったり、到着は凄く遅れた。パースの駅の反対側には開拓時代を彷彿させるコロニアル・スタイルの素敵なホテルもあったが、行く時間無し。 パースの町は終業時間が早い! 苦情を言ったら、始業時間も早いんだと言い返された。夜は全くのゴーストタウン。 |
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駅まで車で迎えに来てもらって初めて「collective house」へ。ここも花が一杯。
広い敷地に戸建てが数十軒。案内してくれた人は若くて、とても弱者には見えないが、仕事が少なくて収入が非常に少ないとのこと。ちょっと見られないオンボロ車に乗っていた。そういう弱者も居るらしい。失業率は高いとのこと。 他には、シングルマザー、老人、身障者なども居て、力仕事や庭仕事などは共同で作業をするとのこと。でも個別の庭もあり、日本から考えたら羨ましいような住宅事情だ。 パースには他にも「collective house」が数箇所あるとのことで、オンボロ車で案内してもらった。アパート形式のものもあったが、一ヶ所は新しいとかで、羨ましくなるようなステキな住宅群、やはり空き待ちが沢山居るとのこと。 |
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・東駅は観光地図には殆ど載っていないけれど、タクシーで中央駅から10分以内。乗る人が多いのと、仕事がゆっくりなので、出発の30分くらい前には行くこと。
・チェックインカウンターは駅正面を入って左手。当日券売り場も一緒。予約券には色々な種類があるので、列に並ぶ前に確認すること。簡単なコピーでも座席番号が入っていればそのままでOK。予約がしてあれば並ばないで済むキップが多い。 ・座席は一等のツイン、一等のシングル、二等、椅子席などがある。一等には四人部屋もある。私はシングルでも良かったのだが、シングルはシャワー・トイレが共用なのが難。当日売りもあるようだが、シーズンによっては満員とのこと、今回も一等ツインは満員だった。 ・キップ売り場の右側が大きな荷物のチェックイン。自分の行く先を告げて預け、クレームタグ(受け取り)をもらう。車内へは手荷物だけを持ち込む。 ・これで手続きは全部終了。後は乗るだけ。プラットフォームでしばし撮影会。 ・駅には両替所・両替機などは無い。小さな売店がある。 車内ではクラス毎に車掌がいて、面倒を見てくれる。 |
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・乗るとまず、食事の時間を訊きに来る。 ・・食堂車は全員が二回に分けて入るスペースになっているので、前・後どちらにするかを決める。 ・・乗車後すぐに食事になるような気がするが、「前」の方が時間的に余裕があると感じた。前・後は色分けした食券のようなもので区別するが、見せることは無かった。 ・次に、車掌は室内の説明をする。 ・・私たちはツインの一等車。室内に付いているトイレ・シャワーの使い方。洗面台もトイレも壁面に収納されていて、使用時に出す。 |
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西部劇に出てくるような荒涼たる町の中に24時間作業の金鉱の灯りが異様にまぶしい。高台から金鉱の採掘現場を見下ろせる場所もあり、眼下にはトラックが沢山作業をしていた。金の含有量は1とか2パーセントというものだとか、運んでいるほとんどは岩石だが、それでも採算が合うということらしい。
・砂漠の真中の駅だが、数日に一回しか通らない列車に敬意を表して?売店が開いていた。金鉱の写真葉書を買う。 ・歩いて観光した人もあったらしく、駅前に三々五々人が集まってくる。 ・車内に戻ると室内はベッドが作られている。就寝前に個室の一等車を視察。案外快適そう。真っ暗になった外を見ると、夜空に星が一杯で美しい。 |
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| ・一時間ほどの観光後、駅に戻る。シドニーへ行く人を乗せて列車が去った後、駅のレストランで朝食を摂りながらアデレイド行きの列車を待つ。列車は大幅遅れだが、何の放送も表示も無い。
・そろそろ手持ちのオーストラリアドルが心細くなったが、駅に両替所無し。車内も両替不可能。 ・今度乗るのは The Ghan という、オーストラリアを南北に縦断する列車で、アリススプリングから来るらしい。ホームの上は食料品やシーツなど、積み込む荷物で一杯。飛行機と同じ。 ・車内は同じようで微妙に違う。乗車者に呉れるアメニティキットが再び置いてある。一つ足りない、とまた言いに行く。 |
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10月3日:会議の正式オープニングは明日ということで、今日は一日メルボルン市内観光。
・パースでばら撒いたので持参の名刺が足りなくなりそう、名刺の補充もせねばと中心部へ。 ・結局日本と同じく kinko's を見つけて、持参の名刺のコピーを作る。安い。 ・市の中心部は歩いて充分回れる。セントポール寺院、アボリジニー(原住民)の作品展示館など。造幣局跡にある金の博物館が興味深かった。 ・私たちの宿舎 Holiday Inn はヤラ河の岸にあり、対岸は最近開発されたオーストラリア版「お台場」。夕食はそこで行列の出来る店、シーフード料理。 ・レストラン街の岸辺には大きな柱状のものが沢山立っており、一時間毎にそこから大きな火柱が立つ。遠くから見るぶんには綺麗だろうが、食事をしている方に取っては熱くてびっくり。 ・この日は、目の前で食い逃げの逮捕劇という見ものもあった。 |
10月4日:午前中は会議会場内の偵察。様々な国の物品も売っている。こういう国の人たちは何人くらいで来ているのだろう。事前に何の打ち合わせも無かった日本と較べてしまう。 ・午後は開会式。オーストラリア独特のアボリジニーの踊りで始まる。が、文明社会にどっぷり浸かって、先祖の文化を見世物にするような、こういう出し物には抵抗を覚える。普段は私たちと同じ生活をしているのだし、それは白人による迫害、土着伝統の軽視の結果なのだから。 ・続いて、議員さんの挨拶。ジョークあり、ヤジありで面白い。 ・オーストラリア会長は、何と9人の子持ちで、しかも大学教授だとか。一見普通のオバサンに見えるところがすばらしい。 ・基調演説はオーストラリアでの大手化粧品販売会社の社長さん。こちらも普通の主婦からの出発と言う。こういう話こそ、若い人たちにも聞いて欲しいと思った。 ・式後はレセプション。大勢の人が来ていることを知った。 |
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・まずは開拓時代、船でやっと辿り着いた人が多数遭難した悲劇の場所 Lock Ard Gorge へ。南極側から打ち寄せる激しい波。子供も連れて、こんなにまでして遠くへ辿り着いて定住した人々、同じ島国でも鎖国までした日本と、「そと」に対する考え方の違いを痛感する。 ・続いて「12使徒」と呼ばれる海岸線の岩の奇観。波が激しいために一日中霧に包まれて、なるほど神秘的。陸の崖上にはヘビや大トカゲがウヨウヨ。 |
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10月6日:午前中は真面目に会議に出席。午後は観光。
・行く先は Phillip Island 。夜になってフィリップ島の波打ち際に上がってくる小さなペンギンを見に行く、メルボルン観光の目玉。 |
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| ・途中でコアラの保護区に寄る。まだまだ明るいせいか、それとも元々怠け者なのか、コアラはまだ完全にお目覚めではなかった。沿道には予期せぬカンガルーの大群も。
・途中の町で軽く夕食。いよいよペンギンの浜辺へ。 ・午後7時ちょうど、波が引いた後にスックと立ち上がる小さなペンギンのグループ。トコトコ歩いてこちらの方へ。あちらの波頭にもペンギンのグループが。あちらにも。一時間ほどの間に、幅200メートルほどの浜辺に三々五々グループが上がってくる。歩くのが遅いペンギンを狙ってか、かもめの大群が憎らしい。 ・見物を終えてバスに戻る道すがらも、叢のあちこちにペンギンが、歩いていたり立ち止まったり。大勢の見物人をどんな気持ちで見ているのやら。 ・バス停に戻ると、隣にはドイツ人観光客の超大型バス。中は三段ベッド? |
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・メルボルンの市内、市庁舎の前で、大デモ。何だ? ・昼食は、ペンギンツアーの折に遭遇した、日本のメンバーの友達だというポーランド女性達と「テンプラ」会食。一人は日本にも来た事があるとのことで、箸使いも上手。もう一人はてんぷらは無理ということで、焼き魚。 あちらはあまり英語が上手とは言えないので、会話には相当苦労。ま、人のことばかり言えないか。 |
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・「collective house」は、昨日見た農園の土地を高く買いたい人が現れてただ今苦戦中。経済弱者ばかりで、政府の援助もあまり期待できないので、財政的な面で苦労が多いようだ。
まず使える土地の中に、希望を出し合った家の案を置いてみて、土地の大きさや経済状況に応じて大きくしたり小さくしたりしている段階だが、計画に余りに時間がかかりすぎて、諦めて別の場所に定住してしまった人もあるという。 ・「collective house」よりもっと協力度を強めた「intensive house」というのにも案内された。一軒の大きな家の中に何人もの人が家計を共有して住んでいるものだが、やはり幼児のいるシングルマザーと、低収入の人々が多いよう。 |
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10月10日:頼んでおいたマキシタクシーでメルボルンの空港へ。
・乗るのは小さな飛行機。遅れて着いた Devonport 空港にはドライバー兼ガイドの Peter Benson が待っていた。 ・まず町じゅうの建物の壁に絵が描いてあると言う町 Sheffield へ。 |
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・元は何も無い町だったらしいが、地元に住む画家の壁画で観光地になったとか、私の住んでいる町にも教えてあげよう。
・絵の題材は、その建物の昔の姿や、タスマニアの歴史、自然など。 ・町からは Cradle Mountain がよく見える。 |
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・まずはコアラ。夜行性だが、ここでは時差ぼけ?にさせてあるとかで、ちょうど観光客が来る時間が食事時間に調整してあり、係員がユーカリの葉を振ると沢山のコアラがノロノロと木から下りてくる。
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・この動物園の入り口には全く流行っていないスナックあり。アボリジニーだという女性オーナーは、原住民の交流会で北海道に行ったことがあるとのこと、様々な分野で交流が行われていることに感嘆する。 ・この日は飛行機が遅れたため、予定していた手工芸センター訪問は中止して、宿泊地のLaunceston へ向かう。 ・夕食前に夕暮れの市内を観光。パースの時と同じく、終業時間の早いこと。開いているのはレストランぐらい。 ・商店街を通り抜けると、官庁街。大きな教会が沢山建っていて、ここが英国領だったことを思い出させる。 |
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・Launceston の町は岡山県池田市と姉妹都市だとかで、リフトの係りの人は日本語が達者。でもよく訊いてみたら、「ゆっくり」とか「じっとして」とか、必要な言葉だけで、会話は全然ダメだそう。 |
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・リフトの下には孔雀が何羽も放し飼いになっている。ヨーロッパの王宮の雰囲気。石楠花も満開だった。
・次は Seahorse つまりタツノオトシゴの水族館へ。タツノオトシゴは漢方のカルシウム源として世界中で乱獲されているとかで、やはり絶滅危惧種とのこと。沢山の水槽の中で、成長段階毎に飼育されている。曲がった尻尾の先が何かに絡み付いていないと心配らしく、絡み合った細い幼虫?が水の中でゆらゆらする光景は結構不気味。 ・しばらく走ると、美しい草原の中に何やらスイスっぽい風景が。これもオーストラリアン・ドリーム、無一文でスイスからやって来て、スーパーマーケットの経営で財を築いた人が、広大な敷地を買い占め、スイス風の建物だけを許可している一区画とのこと。グリンデルワルドと呼ばれている。 ・Tamar川沿いをドライブ。浅瀬には数え切れない種類の水鳥。保護区になっているとのこと。周りの家々の庭先には、桜・藤・木蓮・レンギョウを始め日本の春に見られる花々が、日本よりずっと勢い良く咲き乱れている。 |
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・次は Estate つまり大農園訪問。豪農だが、まさに西部開拓史を思わせる、建物、家具調度品の数々。
・北半球から来たので建物を南向きに建ててしまったなどというエピソードは面白かった。 ・お金が溜まると子息をヨーロッパに送ることが夢だったとかで、イタリアで建築を学んだ息子が素晴らしい建物を、古い木造の家に付けて建てている。中の立派なこと。エリザベス女王が訪問された時の食器が展示されていた。 ・敷地内には蒐集されたクラシックカーのコレクション、オーストラリアでも有数のバラ園などもあった。 |
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・次は、Ross という歴史的な町のウールセンターへ。古くから地域の中心だったところで、官庁のほか、刑務所跡なども街中に残っている。
・羊のお迎えでセンターに入ると、中は羊毛のサンプルと製品が一杯。 ・日本の毛織物メーカーと提携しているとかで、Ross の町の遺物、古い石橋の脇で日本の社長が記念撮影した写真が飾られていた。どこにでも日本人が進出しているので、驚き。 ・夕方タスマニア最大の都市ホバート着。閉店間際の商店街へ駆け込む。 |
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・私は手紡ぎのウールの帽子とマフラーを購入。 ・野性的な色の花々も売っている。 ・簡単な昼食後、いよいよタスマニアのハイライト、ポートアーサーへ。 ・ドライバーは大サービス。予定外の道を通って景色の良い所でパチリ。 |
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・入場券売り場の近くには、沢山の写真が貼ってある。
・夏の夜にはゴーストツアーというのが催されるが、敷地内を巡っている間に撮影された怪奇写真?、心霊写真?集だ。写真に怪しい影が写っていたり、毛が逆立っているものもある。 |
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・囚人たちが最初に来たときには建物は何も無く、周りから木を切り出して、自分たちの監獄も自分達で作ったとか。この場所が選ばれたのは、周りが海で、半島なので背後も警備しやすかったからとのこと。
・同じく自分達で作ったという教会、今は天井が落ちてしまっているが、ひときわ哀れを誘う。犯罪を犯しても、生まれたときからのキリスト教徒なのね。 ・廃墟の教会のすぐ前に、小さな小さな教会があった。古いものらしいが、中には数年前このポートアーサーで起きた銃乱射事件の被害者達の慰霊碑があり、私たちが訪問しているときにも、お参りに来ている人が居た。 ・敷地内には、管理職や医師、後には同居が許された女性たちの家などもある。南極近くとはいえ、明るい光に照らされて花々が美しく咲いている。 |
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・シドニーの空港、乗り換えは大変だった。
・国内線から国際線だが、全く別のターミナルだとは誰も言わず、標識も矢印すら出ていない。滅多に居ない空港の人に訊くと、あっち、こっちと要領を得ず、結局最後はタクシーに乗った。10ドル以上払う距離! ・免税もやり方がはっきりせず、アングロサクソン系の、不親切に頭に来る最後の一幕。 ・10月13日朝、無事成田着。 |