インド 29 July 〜 3 August,2001

・行った後には、「もうインドにしか行かない」という病みつき派と、「インドへは二度と行かない」という病み派に分かれる、と言われるインド。それだけ印象が強いのでしょうね。さて、私は?
・今回、実は意志に反して行くことになったものです。でもまあ、自分から思い立って行くことは絶対にないと思っていたので、「何でも見てやろう」精神で行ってきました。

写真を指すと説明が出ます

1日目:7月29日(日):
成田11:15発、JALで直接デリーへ。入国カードが厄介でウンザリ。入国用、出国用、税関申告用と三つもあって、文字が超細かい、しかも、日本で配られるのと、機内で配られるのとは、まるで違うのですから。

2日目:7月30日(月):
タジマハルのモデルとなった砂岩の柱デリー市内観光。ラクシュミ・ナラヤンというお金持ちが建てた寺院へ。あまりのド派手さに、世界遺産にも色々あるものだなと感心。
続いてインド門へ。行政の中心地にある第一次世界大戦の無名戦士の記念碑。ラクシュミ・ナラヤンもここも、とにかく物売りが激しい。そして私は、恐ろしいトイレを見てしまった。
続いてタジマハルのモデルとなった寺院フマユーン廟、クトゥプミナルにはアショカ・ピラーと呼ばれる全面彫刻の砂岩の柱。その後ピンクシティと呼ばれるジャイプールへ。途中には大理石店が一杯。

3日目:7月31日(火):
象のタクシー城内の美しい装飾もの凄い雑踏の中にバスを停めて、風の宮殿の撮影。
続いて象さんに乗って山の上のアンベール城へ。暑い地方のお城だが、涼しさを最大限に採り入れるべく上手に設計されている。
今もインド映画によく見られるが、昔から皆踊りが好きだったらしい、テラスにはマハラジャ・ディスコと呼ばれる、踊りを楽しむ場所があった。




周りの山々に巡らされた城壁マハラジャ本日・在城、の印、旗が立っている
山頂から見ると、周りの山々にも堅固な塀が築かれており、かつては外的の脅威に晒されていたことが実感される。
午後は、今も王様・マハラジャが住んでいるという市内のお城へ。
一部公開されている場内、博物館が素晴らしい。
今日は誰やら霊力のある坊さんが来ているとかで、庭内は病人や身体障害者で大混雑。近くには天文台。規模の大きさに仰天。

4日目:8月01日(水):
ファテープルショクリ左側・純度99.9%の鉄の柱アグラへ向かう途中、イスラムの王様アクバルの宮殿、ファテープルショクリへ。世界の七不思議?、純度99.9%の鉄の柱。
午後はタジ・マハール。自動車の排気ガスで白い大理石が汚れると言うことで、近くまでは電気自動車を利用。
タジマハルはさすがに美しいが、それは遠くで見た感想。建物の中からは耐えられない臭い?が吹き出している。オエーッ。



タジマハルタジマハルから入り口を見る
この日はインドとパキスタンの大統領が会談のためすぐ近くに来ているため、警備がものものしかった。単なる首脳同士の会談、と思ったのは大間違い。イギリスから独立以来、つまり50年以上も宗教・領土問題で犬猿の仲の両国が、話し合うという「超」歴史的大事件だった。
お互いを憎しむあまり、双方が核兵器を開発したことは有名だが、隣と同じ時間を生きるのがいや、という気持ちから、30分という時差を設定している、そんな国の両首脳の会談、警戒も当たり前でしょう。
その後、両国の関係に歩み寄りがあったとは聞いていないけれど。
続いて、タジ・マハルを建てたシャージャハン王が、遺された娘のために建てたアグラ城。最後には息子に幽閉されて、シャージャハン自身がここで亡くなったそうな。
タジマハルの遠景が美しい。

5日目:8月02日(木):
アグラ城内オールドデリーへ戻って、ガンジーのお墓。まだ工事中。
続いてレッドフォートと呼ばれる赤い砂岩のお城へ。でもインドのお城は殆ど赤かった。
土産物屋の後ばたばたと空港へ。定刻だ、良かった。JALの機内に落ち着いて、やっとリラックス。

6日目:8月03日(金):朝7時に成田着。お疲れさん。

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