パキスタン PAKISTAN 18〜25 June,2001
写真を指すと説明が出ます。
・私の旅行記にアジア、その中でも一番ご縁が無いかと思っていたパキスタンが入るなんて・・・。
・以前ヒマラヤに行った人から聞きました、「見上げると天国のよう。足元は地獄だ!」
・足元とは、トイレがちゃんとしていない糞尿譚(タン)、とは想像していきましたが、もう一つの地獄、断崖絶壁の間の細い山道をボロ車で走り回るという地獄もありました。
・本当に一歩間違えば千尋の谷へ落下するところでした。
・その先のフンザ、桃源郷と訳されている素晴らしいところですけれど、私には極楽という訳にはいきませんでした。
・入国にはビザが必要です。地下鉄広尾駅から歩いてかなりあるパキスタン大使館で取得出来ます。何と「地球の歩き方」のページをコピーしたもので申請可能。係の人は親切です。そしてビザ代が、たったの百円。これは今時、特筆すべきこと。そして、併設の観光局も、とても親切です。
・でも現地が同じように感じが良いかどうかは、別問題。「異国」であることを存分に思い知らされました。
まずは、顛末記を。
1日目:6月18日(月):
・順調に成田発、と思ったら、エンジン故障。機内で待つこと3時間。飛んでいない飛行機の中で機内食という珍しい体験をしました。イスラムのお祈りと共にイザ出発。機内ではお酒は出ません。でも喫煙はOK。
・まずは北京へ。ここでは大量の乗降客の他に、何と客が座ったまま機内掃除。中国政府の方針で、乗降客以外は機外に出さないのだそう。
・さて出発、と思いきや、再び待機。北京は上天気なのに、飛行方向に強風発生とかで出発停止。管制塔と機長の押し問答の末ようやく出発。ゆえに、目的地イスラマバード着はヨ・ナ・カ。
・入国時にも荷物検査あり。ここでお酒の持ち込みがチェックされます。ダメなんですよ。
・ぬる〜い空気の中、ホテルへ。ホテルは案外近代的でひと安心。ロビーでまずはお茶でも、と勧められたが、もう夜中よ。そして明日も早いのに。
・部屋へ行こうとするとポーターが、待ってました、とスーツケースを持って室内へ入ってくる。あ〜だ、こ〜だとチップを渡すまで出ていかない。ここのお風呂はマトモ。
2日目:6月19日(火):

・早朝起床、フンザを目指して一路北へ。
・途中の見物は何と行ってもトラック。おまじないを車体一杯に付けていて、日本で一時流行った装飾なんてメじゃない!荷物を山盛りに積んでノロノロと、パキスタンの奥地へ運んでいくのです。飾り立てた側壁は、荷物を山盛りに積むためのものなのです。
・パキスタンのトラックは、これ以外も全部重量が「超」オーバーでした。これで「千尋の谷」を行く。
・道沿いにはフルーツを沢山売っている。ガイドがライチを買ってくれた。
・途中は、目も眩むような絶壁に沿って、車体とほとんど同じ幅の道が走る。それでも、抜いていく車があるのは恐ろしい。フンザの王族の車、とかで、赤いナンバープレートを付けたベンツが。
・誰が住むのか、途中にはポツン、ポツンと人家がある。集落らしきものの周りには、目も眩むような千枚田(万枚田?)。おいしい紅茶も採れる。
・途中にはバットグラム川とインダス川の合流点。
・この日はチラス泊まり。予定が遅れに遅れて、街灯のない真っ暗な中、人家もまるで無い月世界のような砂漠の中を走って行くのですから、怖かったですね。
3日目:6月20日(水):チラスを早朝に出て、まず岩絵を観光。岩の表面の卵の殻のようなものを削って、様々な絵が描かれている。
・途中には温泉があり、ガイドが持ってきた卵で温泉卵を作る。
・次は三大山脈の合流点。続いてギルギットへ。ギルギットではバザールを見物。もの凄い雑踏の中に女性が殆ど見られないのが異様な感じ。
・昼食の後も更に走り、ラカポシ山が見える場所で写真ストップ。美しい、雄大。
・今度はフンザの王様の車と遭遇。トヨタのランドクルーザーで、やはり赤いナンバープレートが付いている。でも、王様もイスラマバードに遊びに行けば、帰りは二日がかりなんだ、ヤレヤレ。
・途中のガケ下では、自然に転がっているガーネット探し。バスが停まると、近所の子供が自分で掘ったガーネットを売りに来る。安い。
・夕方やっとフンザ着。向かいのホテルは王様の経営、さすがに洗練されている。私達のホテルも眺望では負けないけれど、水道の水は雪解け水が直接出てくるため、粉末状の砂入りの濁り水。足がスベスベになったという人もあったけれど、王様のホテルはどんな水が出るのでしょう。

4日目:6月21日(木):ホテルを早朝4時に出発して、ご来光を見に山頂へ。小さなジープがやっと通れるようなヘアピンカーブと、畑の中を登っていく。ジャガイモ畑が多い。
・山頂で待っていると、山の一点が火が灯ったように明るくなる。見る間に辺りの山々が朝日を浴びて明るくなる。
・ホテルに戻って朝食の後、またジープで出発。恐ろしいような断崖絶壁の間を縫ってジープが走り、氷河へ。
・午後はフンザの王様の以前の住居であるバルチットフォート観光。たった一人居るという日本人のガイドが不在のため、英語の説明を訳す。戸棚の中を冷蔵庫に使えるくらい、建物のすぐ後ろまで氷河が迫っていたというが、温暖化の現在、氷河ははるか上の方へ後退。
・こんな山奥の国でも、列強の取り合いがあったとかで、イギリスに抵抗した王様は北京へ逃げ、現在の血統は、イギリスが仕立てた王弟の子孫とのこと。パキスタンの政権下、王族の政治力は無いが、今もフンザの王様として、特権を握っているらしい。パキスタンでは飲めないお酒も、治外法権のここでは大甘とかで期待されたが、やはり入手はとても大変、そして高い。

5日目:6月22日(金):片道185km、約6時間かかる中国国境のフンジュラフ峠へ。途中は道がやはり険しい。ごく最近、崖崩れがあったとかで、道が大きく塞がれている。私達の帰りは大丈夫かしらん。
・友好国とは言えない中国との国境は、軍隊が検問していて緊張感が漂っている。それ以外何もないところ。
・高度4733mということで、高山病を心配したが、皆元気。帰りに気分が悪い人もでたが、時間が短いので大丈夫。
6日目:6月23日(土):また、まる二日かけてイスラマバードへの旅が始まる。途中でタイヤがパンク。崖崩れが多く岩の断面が鋭いから、とか言い訳をしていたが、タイヤがボウズなのも原因で、行程中に7回のパンク。スペアも全部パンクして、一時はガケの真ん真ん中で立ち往生、ここからは大混乱で宿のあるベシャームへ。バスが故障したのでタクシーに分乗しようとしたのだけれど、その辺りにたむろしていた男たちが、金になると知って殺到、自分の車(とてもタクシーには見えないのもあった)に乗せようとガイドを取り合い。ドサクサに紛れて乗合バスに乗るという貴重な経験をした人もあった。着いたホテルは一応外国人向けとのことだったが、まあ田舎だからしかたないだろうけれど、・・・。泊まりきれない私だけが別のホテルになって、恐ろしかった。

・ベシャームの街は例の満艦飾の通商バスの通り道。バスの便を計って沿道の店々は24時間営業。女性の姿が殆ど見えないので、注目を浴びて居心地悪し。
7日目:6月24日(日):今日は忙しい日。ホテルを出発して、往路と同じ道をすっ飛ばし、世界遺産になっているインダス文明の遺跡タキシラへ。昔はそんなに文明の国だったというのに、水もトイレも満足でない現在は何なの? タキシラの博物館には興味深い遺物が沢山あって、考古学の好きな私には立ち去り難かった。もう二度と来る気が無いので、なおさら。
・遺跡も二ヶ所見学。主な仏像などは博物館に収蔵されてしまっていて、見所は住居跡ばかり。塀や壁は、石積みがビッシリ隙間無く、本当に見事。イスラマバードで夕食の後、空港へ。
・復路の出発にはお祈り無し。日本語の上手なパキスタン人が沢山乗っていて驚いたが、みんなワガママ。友達と隣に座りたいから席を譲ってくれと、人の側で立ったまま動かない。子供じゃあるまいに。
8日目:6月25日(月):北京では往路と同じゴタゴタを経て、まあ無事東京へ辿り着きました。
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