サンチャゴ巡礼路とポルトガル

6 - 22, May 2015

マドリッド近辺を観光後、サンチャゴ巡礼路から大西洋岸を南下、ポルトガルから帰国しました

訪問地は

マドリッド
サラマンカ
セゴビア
パンプローナ
エステーヤ
プエンテラレイナ
ブルゴス
サントドミンゴデシロス
レオン
アストルガ
サンチャゴ
フィステラ
ポルト
アヴェイロ
コインブラ
リスボン
ファティマ

今回スイス航空で往復しましたが、全行程予約してあったのにチューリッヒ空港でマドリッド行きの席が足りない!とのことで、離陸直前まで不安を抱きながら待つ羽目になりました。
ピレネー上空

まずはマドリッド観光:

プエルタ・デル・ソルへ。駅名がSOLからvodafone SOLに。駅名まで命名権は問題だ・・・。広場のそばには「熊とやまももの像」があるが、ちょっと分かりにくい。
マドリードはスペイン全土の中心として意図して作られた首都だが、プエルタ・デル・ソル広場には地理上の中心地ゼロ地点もある。
ゼロ地点の正面には市庁舎。大晦日に市庁舎の時計台の鐘に合せて葡萄を食べると幸運になると言われている。
ネットの記事によると=スペインでは新年を迎えるときに12粒のブドウを食べる風習があります。これは「幸運を呼ぶ12粒のブドウ」と呼ばれ、新年の12ヶ月を象徴しそれぞれの月の幸運を祈るという意味があるとか、みごと12粒食べ切れたら新年に願い事がかなうといわれています。マドリードのプエルタ・デル・ソルにある時計台の鐘が12回鳴るのが全国にテレビで生中継され、国民はお茶の間でテレビの鐘の音に合わせて12粒のブドウを食べるのです。

ブドウはマスカットのような白いブドウで、マスカットよりは小粒、鐘は約3秒ごとに鳴るので皮と種を吐き出しつつ咀嚼し飲み込むのは至難の業。5粒も食べないうちに口の中がブドウでいっぱいになり、ああ今年もギブアップ、ということになります。予め皮をむいて種も除いたものを12粒、お皿に用意しておく人もいるとか。最近では種無しブドウが売られるようになり、また、種と皮を除いた12粒のブドウ入りの缶詰も登場しています。

大晦日に12粒のブドウを食べる風習は100年以上続いているそうですが、それがブドウである理由として一般的に知られているのは、1909年にブドウが大豊作で余ってしまったので、ブドウ農家が「好運を呼ぶ12粒のブドウ」と称して人々に振る舞ったのが始まりという説です。「鐘の音に合わせて12粒のブドウを食べると新年は幸せになれる」という作り話が徐々に広まって全国に知られ、ブドウ農家がさらに宣伝に力を入れたことで定着したのだとか。


地下鉄の駅名も買われてた!


スペイン版日本橋。距離のゼロ地点


除夜の鐘? 市庁舎

王宮:何かと問題の多いスペイン王室。


次はデスカルサス・レアレス修道院:かつてカルロス1世と王妃のポルトガル王女イサベルが住まいとし、1535年に後に修道院の創設者となる娘のフアナ王女が生まれた宮殿でした。16世紀の作られた女子修道院で、カルロス5世の娘が作りました。その娘をはじめ多くの王族や貴族の子女がここで生活をしたようです。そのため修道院ですが内部は王族貴族の宮廷のような印象を受けます。係員も高ビー。フレスコが見事ですが、 内部は撮影禁止なのでネットから一部借用しました。ちょっと暗い。

翌日はサラマンカ
まずは日本からの語学留学生が多いというサラマンカ大学へ。正面の彫刻の中に骸骨やカエル、宇宙飛行士?などが見つかるとラッキーとのこと。図書館が素晴らしい。


彫刻のある正面の向かい側は有名な哲学者 Fray Luis の銅像。彼が教えた教室。現天皇皇后両陛下訪問のプレートにはお名前が。

大学構内。天井が素晴らしい

次は新旧教会。入口は一つ。旧教会内部には古いフレスコ画が残っている。新教会、といっても十分に古い。装飾過剰のゴシック天井が少し見える。

この頃では一番有名な貝の家。近くの観光案内所の建物も古い。観光案内所の前はイエズス会の教会。絶景の屋上へは無料で登れるが、教会の内部は有料。


外壁に帆立て貝が一杯の貝の家


観光案内所内部


観光案内所中庭

イエズス会教会屋上。コウノトリが営巣している。屋上からは市内が見渡せる。
入れなかった教会の中庭と祭壇

マヨール広場:市庁舎前の広場。建物の壁にはスペインの歴史上の人物のレリーフが飾られている



市庁舎


ピサロ


コルテス

次はセゴビア:マドリードからはバスが正解。私たちは電車に拘ったため往路は新幹線で町はずれの新駅へ到着。復路はいつ来るか分からない在来線の駅まで長距離歩いたが日曜なのもあって永遠に来そうもない電車を諦めて、戻ってバス停へ。バスは30分毎・・・
新駅からのバスは有名な水道橋の近くへ着く。日曜日なので民族衣装を着たおじさん、おばさんが盛り上がっていた
市内には何と日本語の案内板。右は大聖堂

ディズニー映画のモデルになったお城、外見は可愛いが歴史上重要な場所。到る所にカトリック両王の像
カトリック両王(アラゴン王フェルナンド2世とカスティーリャ女王イサベル1世)の時代に南米を発見。内装は南米の?金が豪快に使われている

豪華な内装とは対照的に城の外は広大な荒野。厳しい時代でもあったことがうかがわれる

セゴビア街中は「寺町」と言いたいほど沢山の教会がある。どこも写真撮影がためらわれるほど敬虔な祈りに満ちていた
↓左:サンミリヤン教会。礼拝の時間だけ開く。熱心な信者に恐れをなして早々に退散。右:小さな教会で

マッドリードからパンプローナへ向かう。列車から見る広大な大地。右端:羊飼いはどこで寝るのだろう。



一面のポピー


コウノトリは案外人里が好き?


こんなところにも水道橋

パンプローナはバスクの中心都市。標識はすべてスペイン語とバスク語の二言語表示。駅名、インフォーメーション、切符売り場、タクシー



市庁舎の標識も二言語表示


闘牛場前にあるヘミングウェイ象

フランスからピレネー山脈を越えて二本のサンチャゴ巡礼路が合流するプエンテラレイナ。教会までが昼休みが長い。ここもバスク語が一杯



バスク独特の町並み


同じようだが違う教会:サンチャゴ教会


十字架教会




巡礼宿の脇の煙突の上

巡礼路のひとつエステーヤへ。ここも由緒ありげな古い教会が沢山



町の遠景


LIZARRAはバスク名


巡礼宿の看板
観光案内所のすぐそばサンペドロ教会
静かな中庭

ここも沢山の古い教会があるが廃墟になっているものも多い

巡礼路にあり辛うじて北壁のみが残ったThe Church of Holy Sepulcherと近所の家の扉

ブルゴス:駅から旧市街はとても遠い。バスはあるけれど少ない・・・。



駅のバス時刻表


ユニークな駅前の街灯


歴代の偉人像のあるサンタマリア門

大聖堂はとても大きい。一階で入場券を買い、入口は二階。屋根の上にあるサンチャゴさんの像。結構武力派。聖堂内でも剣を振りかざして

ステンドグラスが美しいのが有名
豊富な金で内部は豪華絢爛

階段の上が巡礼者用の入口。巡礼路に面している。巡礼は汗・ドロまみれなので臭くて結構敬遠されていたらしい

何とこんな所にダビンチの作品が!マグダラのマリアですって。右はエル・シドの墓
天井も芸術的

町中の街路樹がまた芸術的!


街路樹の先の広場にエル・シド像


いかにもスペイン風のあずまや


あずまやからサンタマリア門と大聖堂を見る

ウェルガス修道院:内部撮影禁止

サントドミンゴデシロス:ブルゴスからタクシーで片道一万円ぐらいかかる。途中には異国から嫁いできた王妃にまつわる村があるがタクシードライバーのスペイン語のみの説明が詳しくは理解できなかった。小さな村以外は何も無い荒野。途中にレ・コンキスタの英雄エルシドの像があった。


サントドミンゴデシロスも小さな村。役場で地図を貰おうとしたが、作っていないので壁に貼ってある航空写真を写して行くように言われた。




観光客は多いのだろう、由緒ありげな宿が
あって客の姿もあった。

アストルガAstorga:ガウディ設計の司教館があるので有名なアストルガ。隣には彫刻が素晴らしい立派な大聖堂。


アストルガは紀元前14年頃ローマ軍の駐屯地として創設され、一世紀初頭には駐屯地が町の中心として発展した。ガウディ作の司教館の下に今もローマ時代の城壁が残る。↓

大聖堂

司教館。ステンドグラスが美しい。古い宗教的な展示品が博物館のよう。

レオンには有名なパラドール、サンマルコがある。昔の修道院を改装して国営ホテル(パラドール)にしたもの。

レオンの大聖堂:ここも金の力にあかした豪華絢爛たる内装

やはりステンドフラスが美しい

ガウディ設計の銀行。スペインの治安を物語るような厳めしい鉄柵で防御されている。正面にはベンチに座るガウディ蔵。


レオンの名はローマ軍の軍団(Legion)に由来するそう。今も城壁跡が残る。↓サン・イシドロ教会

レオンからはホテル列車でサンチャゴ・デ・コンポステラ駅へ。国土が広いせいかホテル列車が沢山走っていた。座席にはフリースの毛布とミネラルウォーター
途中オーレンセで乗り換え。ガリシア語なのだろう、スペイン語とはずいぶん違う表記。

サンチャゴ・デ・コンポステラ駅は町の中心からは離れている。町までは上り坂。


                          パラドール・デ・サンチアゴ                            巡礼完了証

町中から大聖堂へ


ローマ法王ヨハネ・パウロ二世来訪記念プレート


ここの天井もなかなか立派


香炉を揺らす柱のすぐそばへ行くことが出来ました

天井から吊るした香炉を揺らすのは毎日やっているわけではなく、大勢の団体参拝などではお金を払ってやってもらうらしい。以前に来た時も見たので毎日やっているとばかり思っていた。金曜日の夜には市の行事としてやっているというので、その日に宿泊するよう予定を立てました。のんびり宿で休養して呑気に出かけたら既に構内は満員でびっくり。人々の間をすり抜けて香炉を吊るす太い縄のそばへたどり着いた。ノートルダムのセムシ男を彷彿とさせる、揃いの赤い服を着た寺男たちが全力で綱を引くさまは壮観。

翌日はバスに乗ってサンチャゴ到着前に遠景を見て巡礼さん達が感激するモンテ・ド・ゴゾへ。バス停からの道にはガリシア風の家やユニークな剪定の木。

サンチャゴ・デ・コンポステラの遠景を楽しむには記念碑から更に10分ほど歩く。途中に日本スペイン交流400年と日本語で書いた碑があってびっくり。大聖堂は二本の尖塔で分かる

地の果てフィステラはバスデポからバスで出発。ほぼ満員、おまけに遅れた

イベリア半島の北西部はケルト・
イベリアと呼ばれる文化圏で二種
の特徴のある住民集落で知られ
ている。そのひとつである紀元前
9−4世紀に由来する長方形の家
屋は、日干し煉瓦の壁、板を骨組
みとした萱葺きの片流れ屋根が
特徴で、穀物庫として使われ、
オレオと呼ばれ先史時代の農耕
革命のシンボルとされている。

フィニステールへ行く途中にはた
くさん見られる。

  →対照的な21世紀の分別ごみ箱

バスの終点。ここから岬の先まではウンザリするほど遠い。片道約一時間
途中には由緒ありげな教会が
まだまだ先・・・

フィステラからサンチャゴ・デ・コンポステラへの復路
。海には養殖の筏が浮いている

再びサンチャゴ・デ・コンポステラへ戻ってバスデポからタクシーでパラドールへ。荷物をピックアップしてそのまま駅へ。Vigoへ行くため電車に乗る。

Vigoで一泊後、イベリア半島西岸を鉄道で下る予定が、内陸経由となり、迫力あるリアス式海岸の元祖を見損なった。ポルトガルは本当に坂が多い国だが、まずポルトで実感させられた

ポルト美しいアズレージョで有名なポルトのサン・ベント駅。安宿だが駅正面で夜景も堪能。内部はポルトの歴史・風俗を表すアズレージョで飾られている。



宿のベランダから駅を見る


夜景


駅正面のビルもアズレージョで蔽われている
駅の内部はアズレージョで蔽われている

町の中心部ではあまり見かけなかったが可愛いタクシー

まずクレリゴス教会へ。信者が熱心そうで写真撮影がためらわれる。塔からの景色は絶景

塔からの絶景

クレリゴス教会の裏がリスボン広場:ここにはカルメリータ教会。近くには有名な世界で一番きれいな書店がある。

カルメリータ教会は外壁がすべてアズレージョで蔽われている。現在も建物は病院として使われている。

17世紀に建てられた内部はバロック様式で豪華。説教台と祭壇が有名。祭壇はポルトガルらしく金の階段

世界一美しい書店は周囲も内部も中国人で一杯。店員は本を売る気があるのか無いのか、無愛想。撮影禁止と聞いていたが中国人の押しに抗せなくなったのだろう、写真撮り放題。


カテドラルも丘の上

ボルサ広場のエンリケ航海王子像、すぐそばのサンフランシスコ教会。内部は質素を旨とするサンフランシスコとは相いれないゴテゴテの大装飾の教会で写真禁止。

ボルサ広場の先は海、つまり大西洋。岸に沿って走るトロリー電車で景色を楽しみました。大きな公園の先は昔の要塞。沿線にはポルトガルらしい密集住宅もありました。

アヴェイロ:アズレイジョで飾られた駅舎が有名だが、超モダンな新駅舎が出来て旧駅舎は閑散。町の景観の一つ水路までは遠いのでタクシー利用。荷物は観光局に放置?街中はアズレージョの建物が一杯。町はずれには塩田が広がっている。



駅舎・内部も見たかった


この街の名物・運河に船


海のそばには塩田


運河を行く船


色が可愛い


タクシーも可愛い

塩田まで行くのは結構大変だが、途中には優雅な家々が並ぶ



町中の歩道もモザイクでおおわれている


アズレージョで蔽われた教会


市庁舎

大聖堂:ポルトガルらしい祭壇に超モダンなパイプオルガン、教会内部はやはりアズレージョが一杯

コインブラ:海辺に迫った町で坂が多い。大学の町というだけあって学生が目につく。黒のローブに白いワイシャツが制服!とか。あちこちで学生の押し売りにも遭遇。



こんな坂が多い


歴史を思わせる古い土台


制服姿の学生

コインブラ大学は町を見下ろす高台にあり、広大なキャンパスの中に歴史的な建物が並ぶ。写真撮影禁止の場所が多いのが残念。



町を見下ろす広場。真中が王の像、右が図書館・礼拝堂


大学を創建した王


  広場から町を見下ろす


内部でコウモリを飼っているという図書館の入り口


礼拝堂入口


ラテン講堂正面


ラテン講堂前の学生たち


内部の式典会場


豪華な内装にゆかりの人々の画像

街中には地味な外観の大聖堂。内部は豪壮。壁にはやはりアズレージョ。静かな回廊ではしかし、学生が案内してくれた後、写真とDVDを積極的にお勧め・・・

リスボンでは予約してあった宿にトラブルがあり、観光局で改めて取り直し。観光局はとても親切だった。駅から徒歩圏内のきれいな宿。





ホテル前にあった自動車


これもホテル前

安宿にしては中世風の外観、ガラス装飾が一杯の内部
昔航海で鳴らした国だけあって、道路標識の上には帆、船の飾り

ボンパル公園は工事中。観光バスの発着所になっている。 路面電車は急勾配を登り降り。観光局近くは殆どの乗客が観光客

広大な広場からリスボン名物のエレベーターへ。随分並んでいたけれど案外進み方が早い


ビルの上にエレベーターのテエラスが見える


真下から


エレベーターの内部


今は使われていない。上の道への通路


テラスからの景観。海が美しい


テラスから広場を見下ろす

ファティマ:カトリック教会が公認している聖母の出現の場所。1916年7月13日以降毎月同じ日に、ファティマに住む三人の子供たちの前に聖母が現れ、三つの予言を託した。地獄の実在、第二次大戦の終結の予言に加え1960年まで明かさぬよう命じられた「ファティマ第三の予言」が1960年代にそれを閲覧して二人のローマ教皇が不例になったこともあり大きな謎を呼び、公開を迫る様々な事件も起きた。1981年5月13日の教皇ヨハネ・パウロ2世暗殺未遂事件と結びつける説もある。
1916年9月13日には噂を聞きつけた約7万人もの群衆の前に雨の中太陽が狂ったように回転して見えたり、水源のないところから水が湧き、飲む者に奇跡的な治癒があったりという事象もあり奇跡と認定された。
5月13日の記念日には物凄い数の参拝者で埋め尽くされるという教会の巨大な広場も季節外れのこの日は閑散としていたが、それでもいくつかの団体の参拝者が歌を歌ったり祈ったりしていた。



町の入口にある三人の子供像


閑散とした広場


聖堂は工事中


子供たち二人のお墓

市内にはキリストの道行きを辿るコースが設置されている

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