地中海クルーズとチェルトーザ・ディ・パヴィア
18 July - 03 August,2011

2月に地中海クルーズへ行くことになり、その前にミラノから、交通不便で行く機会が無かったチェルトーザ・ディ・パヴィアへも行くことにしました。
後年、船が座礁して話題になったコスタでのクルーズ。そういえば乗船直後にある避難訓練、いい加減だったなぁ。地中海でまさか座礁なんてことがあるなんて、思わなかったので変だとも思わなかった。



コース:
2月23日:ミラノ着
2月24日:チェルトーザ・ディ・パヴィア観光:ミラノ泊
2月25日:ミラノ発 サボナ港からコスタに乗船:船中泊
2月26日:チビタヴェッキア入港、ローマ観光:船中泊
2月27日:シシリー島チェファル観光:船中泊
2月28日:サルジニア島カリアリ観光:船中泊
3月1日:パルマ・デ・マヨルカ入港。ショパンのヴァルデモサ観光:船中泊
3月2日:バルセロナ入港。モンセラット観光:船中泊
3月3日:マルセイユ入港。アヴィニヨン、レ・ボー観光:船中泊
3月4日:サボナ入港。ミラノ着
3月5日:ミラノ発帰国へ



訪問地は
チェルトーザ・ディ・パヴィア 
ローマ 
チェファル 
カリアリ 
ヴァルデモサ 
バルセロナ 
モンセラット
アビニヨン
レ・ボー・ド・プロバンス
マルセイユ

です。

CERTOSA DI PAVIAチェルトーザ・ディ・パヴィア

パヴィアはミラノ中央駅から最初の停車駅。様々なガイドブックや体験記を読んだが、いまいちはっきりしない僧院への行き方、まずバスの切符売り場が、ネットでは駅前の売店とあったが、あっちだと怒鳴られる。駅を出て左に少し行った所がバスセンターになっている。パヴィア僧院行きのバスは乗り場二番線、発車は30分毎とのことだが、僧院見学にピッタリの2:00だけが無いとのこと、へ〜。午前はパヴィア市内見物なので、切符だけを購入しておく。

パヴィアの町はロンゴバルド帝国時代は首都、自治都市時代もあるとかで数々のモニュメントがあるようだが、駅から市内への道は、とても判りにくい。大いに迷いながら、まず観光案内所へ。渡された地図もとても判りにくい。そして、忘れていた・・・、ここでは寺院にも「昼休み」が。少しは期待していったドゥーモ、サンミケーレ教会は3時まで休みというのでガッカリ。仕方なく、街外れにあるカバーブリッジ(橋に屋根がついている)へ。これはとても頑丈そう。橋の中央には教会がある。
次は閉まっていて残念だが、12世紀建造のロマネスク様式、サン・ミケーレ教会へ。砂岩なので摩滅しているが、外壁の彫刻が素晴らしい。



屋根つきの橋


サン・ミケーレ教会


教会の彫刻
あと開いているところとして観光局から勧められたのが大学。ヨーロッパで最も古い大学のひとつとかで、壁には偉大な卒業生らしい多くの人々の胸像が飾られている。歴史的に大きな価値を持つ解剖学の標本類が展示されているとのこと。キャンパスには大きな三本の塔、その近くには7世紀の聖人のお墓、これもロンゴバルド帝国時代のものらしい。

←パヴィア大学の塔

のんびり見ていたらバスの時間が迫ってきた。さっきとは大違い、驚くほどの学生で大混雑、二番乗り場からはミラノ行きのバスが沢山出るが、どのバスも超満員、僧院行きはどれだろう。30分おきとかいう時刻表なんて関係無く見えるが、その混んでいるバスが僧院行だと言われた。ガイドブックにはミラノのメトロ駅ファマゴスタから出ているパヴィア行のバスで僧院へ行けると書いてあったが、これがそのバスらしい。

乗って約10分くらいか、最初の停留所が僧院近くだった。下りたところにバス会社の社員風の人がいてチケットをチェックされた、珍しいことだ。その人達はどこから現れたのか、すぐに消えてしまい、辺りは全くひと気が無くなった。昼食がまだだったので探したが、開いてそうな店は殆ど無く、仕方なくバス停近くの中華料理店に入る。ここも閑散としていたが、後から私達以外にもう一人お客が来た。ビーフンを二人分注文したが、一つは忘れられてしまった、ノンキなものだ。
僧院は午前が11:00まで、午後は14:30からとのこと、並木と周りに住宅のある道を歩いて約10分ほどか、ようやく僧院が見えてきた。ミラノへ来る度に行こうと思いつつチャンスに恵まれなかった僧院へようやく来ることが出来た。
道の正面に遠く、低く広がった建物の奥、門を入ると大理石のファサードが美しい教会になる。思ったよりは随分小さいが、ヴィスコンティ家の霊廟だけあって豪華。ミラノの支配者だったジャン・ガレアッツォ・ヴィスコンティの墓もある。
小回廊を歩いていたら奥から声を掛けられ、教会の人が鍵を開けて大回廊へ案内してくれた。大きな緑地を24個の修道士用の独居房が囲んでいる。ひとつひとつが二階建てですう部屋あり、とても大きくて、質素な建物だが全体としては豪華なものだと感心した。


チェルトーザ・ディ・パヴィア遠景


チェルトーザ・ディ・パヴィアの教会


チェルトーザ駅から修道院を臨む

修道院のホームーページには、パヴィア駅ではなくチェルトーザ駅で下車、僧院の壁伝いに10分と書いてあるが、これを行った人の体験記はネットに載っていなかった。教会の人に聞いたら、止めたほうが良いと言われたが、さっきの無人のバス停でミラノ行き、パヴィア行きのバスがいつ来るか、乗れるか不安だったので、折角ならばホームページに載っている「正式な」行き方を試してみようと、修道院の正面から右手の道を歩き始めた。

初めてでは不安でとても行かれそうも無い細い無人の道、近くには何やら大きな工場がある。10分以上歩いたところで、駅らしい標識があり、恐る恐る近寄ってみると、やはり駅だ。

一応一時間に一本くらいは電車が来ることになっているが無人駅、それでも通勤に利用する人は多いのだろう、駅前には車がかなりあった。切符の販売機は壊れているので、カフェの売店で切符を購入する。昼間のこの時間は次は二時間後、それでも駅には人がちらほらしているので心強い、電車は来るのだろう。ホームページご推薦だが、とてもお勧めできないこのルートでした。



コスタ・マジカ乗船のためサボナ港へ。サボナ港
ROMA ローマ


コロッセオからフォロ・ロマーナを臨む


コロッセオ


コロッセオ


コロッセオ


フォローロマーナからの遠景


真実の口


チェルコマッシモ


シシリー島:CEFALU チェファル
パレルモから東へ60kmほど、アラブ・ノルマン様式の大聖堂を中心に、シシリー独特の家々が美しい漁村。夏のリゾートとして、有名。民宿も沢山あり、楽しめそう。道沿いに見える地中海も美しい。

大聖堂の内部にはモンレアルとよく似たキリストのモザイク。この町の名家の中には古いワイン貯蔵庫が見える。中世の洗濯場には今も綺麗な水が流れていて、海へ排水するようになっている。


パレルモのオペラ劇場


激戦のあった橋


雪山・結構寒そう


チェファルの大聖堂遠景。右の岩の後から回って到達


ここだけ奇岩。静かな地中海との対比


南イタリー独特の家並み


チェファル大聖堂。内部はシシリー独特の装飾


ポンペイと変わらないワイン貯蔵庫


昔の洗濯場

サルジニア島のカリアリ CAGLIARI

サルジニア島の首都。先史時代から人類が住み着き、その位置から様々な民族に侵略された歴史を持つため、考古学的遺跡も豊富。リゾートとしても有名な海岸線には、塩田が広がり、アフリカからフランス・カマルグへ至る野鳥の中継地として、沢山の鳥が見られる。
イタリアらしく、遠景からも大聖堂が高く見える。山の上の教会の後、海岸へ。フランス・カマルグへ向う野鳥の休息地とかで、塩田の中にフラミンゴが沢山、子供は灰色。浜辺は有名な夏のリゾートとのこと。高いところからカリアリの町を一望、眼下の塩田も雄大。



船から見たカリアリ港全景


小さな島にも鉄道が。カリアリ駅


塩田に憩うフラミンゴ


フラミンゴが沢山


塩田

旧市街は高台、門を通って中に入る。門は監獄にも使われていたらしいが、地盤を考慮して、中は空洞が多い、裏に回ると骨組みだけで支えられている。歩いているとムッソリーニが唱えた標語が建物の壁に残っている。


旧市街を囲むシタデル。上が旧市街


門が沢山ある。旧市街を囲む塀と門


重量軽減のため門裏は空洞

中心は小さな広場に市庁舎とカテドラルがある。大理石が豊富なのか、カテドラル内は豪華に飾られている。教会の前の像はサンフランチェスコ。広場の前には昔は豪華だったらしい住宅が並んでいるが、現在は見る影も無い。



ムッソリーニの標語が書かれた壁


17世紀の大聖堂


内部は豪華な大理石飾り


パルマ・デ・マヨルカ:VALLDEMOSSA ヴァルデモサ

ここも港からカテドラルが大きく見える。ショパンの居住地へ行くことにした。



大聖堂遠景


この日は閉まっていた


パルマ・デ・マヨルカの町中からタクシーで30分、土色の村が見えてくる。ショパンと愛人ジョルジュ・サンドの愛の逃避行で知られるカルトゥハ修道院がある。途中は花々が美しい田園。タクシー運転手は、英語ダメ、スペイン語も方言らしい。行く先は通じた。パルマ・デ・マヨルカから1時間に一本程、バスの便もあるよう。ヴァルデモサのバス停近くには、タクシーも数台は客待ちしていた。

町は小さくて上品な場所で、センスの良い商店があり、観光客も多かった。
ショパンたちが過ごした修道院、当時は修道士が激減したため、空いた部屋を貸していたという。教会は小さいが、テラスになった中庭からの景色は素晴らしい、心癒される場所。
修道院ではジョルジュ・サンドの小説に出てくる薬局、ショパンが使った部屋等が見られる。

修道院の向かいの建物は昔のマヨルカ王が建てた宮殿、随時ピアノの生演奏が行われている。


ヴァルデモサ遠景


修道院の中庭


中庭から谷を見下ろす


中庭からの景色


ショパンが使ったピアノ


展示室


バルセロナ





木が生えた家


MONTSERRAT モンセラット


バルセロナから約1時間、荒野の中に突然現れる奇怪な形の山。「のこぎり山」というよりは、ちょっと丸みを帯びてソーセージ山という感じ。途中には地質学者が泣いて喜びそうな、褶曲した地層が丸出し。標高725mの修道院へは登山電車やロープウェイが通じている。
駅や駐車場から10分ほど歩いたところに、ベネディクト会の教会・修道院がある。中は豪華。正面上部に有名なマリア像があり、自由に近くまで行くことが出来る。
少年聖歌隊は14世紀から続くヨーロッパ最古のひとつ。昼間唯一の13時の演奏を目指して行くと教会の中は満員。演奏は僅か10分ほどで、それが終ると教会内部はウソのようにひと気が無くなる。


駐車場付近から深い谷を見下ろす


真中に小さく見えるのが修道院




修道院の建物に覆いかぶさるような岩




教会正面には十二使徒の彫刻


教会内部 正面が黒いマリア像


木製の黒いマリア像。すぐ前まで行かれる


教会付属の少年合唱団


アビニヨン AVIGNON

法王庁:石の地下金庫や、食堂、法王居室などを見た後、屋上へ上がってサン・ベネゼ橋や中洲を見る。町中で解散になったので、サン・ベネゼ橋へ。



法王庁


中には立派な絵画が


法王庁屋上から聖ベネゼ橋を臨む


法王庁側からみたサン・ベネゼ橋


サン・ベネゼ橋とサン・ニコラ礼拝堂

駐車場から見たサン・ベネゼ橋


レ・ボーへ向う途中、ゴッホが収容されていたサン・レミーの精神病院前を通過、向かいには古いローマ時代の遺跡が残っている。



サン・レミーの町並み


古代ローマ遺跡


レ・ボー・ド・プロバンス Les Beaux de Provence

プロヴァンスに数ある、交通不便なスポットの一つ。車が無ければ、なかなか訪れることは出来ないが、色々興味深いエピソードに彩られた村。
東方三博士バルタザールの子孫を自称し、ベツレヘムの星を紋章とする残忍な領主の時代、各地からの吟遊詩人が集った賑やかな時代、最後は宰相リシリューにたて突いたために、徹底的に破壊されて現在のような廃墟になったという。レ・ボーとはここを治めていた家族の名前だそうな。

駐車場も随分高い所にあるが、そこから土産物屋に挟まれた細い道を登っていくと、昔は宗教戦争の舞台になった場所だけに、破壊された教会も残っている。モナコ公国レニエ公一族に縁のルネサンス様式の礼拝堂などの後、豪壮な石灰の山々を見渡せる展望台へ着く。

廃墟の頂上へは、入場料を払って入る。周りには中世の兵器が復元展示されている。



中央の岩の上がレ・ボー


廃墟


ずっと上り坂


モナコ大公家ゆかりの礼拝堂


礼拝堂内部


古戦場らしく 兵器が復元・展示されている


MARSEILLE マルセイユ



霞んで見える山頂のノートルダム教会


岩窟王の舞台と言われる島


岩窟王の舞台と言われる島


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