ブルガリア・ルーマニア 火山噴火 17 〜 19 〜 25 April , 2010
Bulgaria & Romania & Volcano in Iceland
ルーマニア北部の五つの修道院が見たくて参加したパック旅行。帰国直前にアイスランドの火山が噴火したとてヨーロッパの殆どの空港が閉鎖になりブカレストで足止めになりました。
| 訪問地は リラの僧院 ソフィア プロヴディフ カザンラク ヴェリコ・タルノヴォ ヴァルナ ネセバル コンスタンツァ トゥルチャ スチャヴァ 五つの修道院 シギショアラ ブラン城 ブラショフ シナイア ブカレスト ブダペスト ウィーン |
@@BULGARIA@@
![]() Japanese Hospital in Sofia,Bulgaria ソフィアにあった日本の病院 |
![]() a stork near Rilski Monastir リラの僧院への道すがら、コウノトリ |
![]() entrance to Rilski Monastir リラの僧院入り口 |
![]() 僧院は僧坊で出来た塀で囲まれている |
![]() 教会には華やかなフレスコ画 |
![]() mural paintings still fresh 鮮やかな壁画 |
![]() 僧坊 |
![]() sorounded by stately quarter 豪壮な木造建築に囲まれている |
![]() 豪華ではないが、豪壮な木造建築 |
![]() とにかく豪壮 |
![]() 背後は険しい山 |
ブルガリアの人たちはオスマン・トルコの圧政に苦しんでいたのを露土戦争の結果ロシアに救われたとて、ロシアには好意的でした。国中の至る所にトルコとロシアの影響が色濃く残っていました。
![]() Cherry trees presented by Japan 日本から贈られた桜 |
![]() Aleksandar Nevski Memorial Church アレクサンダル・ネフスキー寺院 |
![]() Diet Building 国会議事堂 |
![]() Old head office of Communist Party 旧共産党本部 |
![]() The Executive Mansion 大統領官邸 |
![]() 地下には2世紀頃のローマ遺跡が一杯 |
![]() 露土戦争でオスマントルコの圧制から ブルガリアを解放したロシアのアレクサンドル2世像 |
![]() St.George Church 聖ゲオルゲ教会 |
![]() 温泉もあった |
![]() 聖ペトカ地下教会 |
![]() モスクより低く建てるため半地下になっている |
![]() 16世紀にトルコが建てたバーニャバジ・モスク |
![]() remains in the city center 町中の遺跡街はローマ遺跡の上にある |
![]() Roman Theatre 旧市街の遺跡・声がよく通る |
![]() 高台からの景観 |
街中にはバルカン・バロックと呼ばれる様式の豪邸が沢山ある。非対称で二階が大きい家が多い。
![]() 19世紀の豪邸 |
![]() 19世紀の豪邸 |
![]() |
カザンラクへ向う途中の田園風景が美しい
![]() |
![]() |
![]() |
かつてはカラシニコフの製造工場があった。現在は楽器工場、羊毛工場があるが、何と言ってもバラの谷。インド、ペルシャからトルコ人によってもたらされたダマスクローズは良い水と砂交じりの土に育まれて5〜6月、花を咲かせる。この rose oil を混ぜることにより、香水の香りが安定するとのこと。バラの花はまだなので、まずはバラとともにここの売り、トラキア人の墓へ。バラ祭りは別の日のツアーをご覧下さい。
![]() トラキア人の墓・入れるのはコピー |
![]() 本物も入れるみたい・・・ |
![]() 中は超狭い |
![]() バラ祭が行われるカザンラクの広場 |
ヴェリコ・タルノヴォへの道すがら、日本人村があるというシプカを通過。金色の屋根の教会が印象的。
![]() シプカの金色屋根の教会 |
![]() シプカ峠に立つ石碑 |
ツァレヴェツの丘に建つ、第二次ブルガリア帝国時代の宮殿跡と大司教教会。高台になって景色が良い。
![]() Tsarevets ツァレヴェッツの丘 |
![]() 宮殿跡と大司教教会 |
![]() Church in the Old Town 旧市街聖処女降誕聖堂 |
![]() 丘から見る旧市街 |
![]() Old Housesin the Old Town 旧市街の家々 |
![]() 旧市街の職人街 |
ブルガリア第三の都市、スラブ人がヴラナ(黒い)川からヴァルナと命名。1972年世界最古の黄金が見つかった。紀元前4000年で、エジプト、メソポタミアより古い。
![]() Archeological Museum 考古学博物館 |
![]() Cathedral of the Assumption 1880年創建の大聖堂 |
![]() Black Sea 黒海 |
黒海に突き出した島はギリシャ、ローマ、ビザンチン、オスマントルコ等の支配を受け、様々な遺跡が残っている。オスマントルコがキリスト教に寛容だったため、建物は破壊されずに残っている。特に聖パントクラトール教会は、赤白の石に彫象や青陶が嵌めこまれて美しい。夏はリゾートとして賑わう島だが、素朴な漁村に点在する遺跡は一見の価値あり。
![]() 入り口付近 |
![]() 聖バラスケヴァ教会 |
![]() |
![]() Citadel 要塞壁 |
![]() The Pantocrator Church 聖パントクラトール教会 |
![]() The Old Metropolitan-St Sofia Churce ネセバルで一番古い聖ソフィア教会 |
ヴァルナで黒海散策後、緊張の国境へ。ブルガリアのバスとガイドはそのまま残り、国境の先にルーマニアのバスとガイドが待っていた。
![]() ブルガリアの黒海沿岸 |
![]() ブルガリアとルーマニア国境 |
![]() 国境 |
@@ROMANIA@@
ローマ帝国の領土だったことからルーマニアと呼ばれ以前はイタリア語が随分通用したそうですが、現在は通じない。田舎でも街中のあちこちに両替所のある珍しい国。
ヨーロッパでも最高水準と言われる所蔵物の考古学博物館へ。「グルコンの大蛇」が有名。金細工も素晴らしい。
![]() Naval Port 軍港 |
![]() Archeological Museum 考古学博物館 |
![]() グルコンの大蛇 |
![]() トルチャ駅 |
![]() 一日分の時刻表。ブカレストへも寝台車が行く |
![]() 何も無いホーム |
ドナウクルーズにはちょっと不適な季節で、鳥は沢山は見られなかった
![]() ドナウ河 |
![]() 白鳥も飛来 |
![]() 羊も沢山見える |
![]() 船の方向転換は岸に乗り上げて |
![]() 鬱蒼たる木々が水中から突出している |
![]() 廻りも湿地帯 |
黒海沿岸は広大な湿地帯。途中には川があり相当ぼろいフェリーで鉄鋼業の町ガラチへ渡る。
![]() 黒海沿岸の湿地帯 |
![]() フェリー乗り場 |
![]() 対岸へ |
ガラチから北上。ルーマニア独特の立派な木製の門の傍に、くみ上げ式の井戸。水道が通っていないようだ。でもセントラルヒーティング用というパイプが平野を横切っていた。
![]() こんな田舎にもマックがあった! |
![]() 井戸 |
![]() 門構えは立派 |
![]() セントラルヒーティング用のパイプ |
![]() まだ馬車が現役 |
![]() 共産党時代に建てられたアパート |
![]() 立派な家の前にも井戸 |
![]() 正教会も色とりどり |
![]() 形もさまざま |
![]() 何といっても門が立派 |
![]() |
![]() 右の小屋は屋根付きの井戸 |
バラテク修道院:16世紀末創建の女子修道院
![]() |
![]() |
![]() |
![]() 聖ゲオルゲ・ノウ修道院 |
![]() ↑遠くにステファンの像 ルーマニアらしい、木彫り→ |
![]() |
五つの修道院 CINCI MANASTIRI
BUCOVINEI
ルーマニア旅行のハイライト、ブコヴィナ地方の五つの修道院を巡りました。ヴィザンチン芸術の宝庫と称えられています。
ルーマニアでは修道院は女性専用、男性用は僧院と呼ばれるのだそう、故に五つの修道院は全部女性によって守られている。が、祭壇内へは女性は立ち入り禁止・・・、礼拝は男性僧侶によって行われるという、意味不明の秩序が保たれている。
五つの修道院はどれも、清潔で素朴なのに感動した。敷地内の撮影は有料だが、払わない人いるよう。問題はトイレか。
フモール修道院:1530年建設で、赤い色が特徴のフレスコ画の、小さな修道院。城壁と見張り塔が残っている。コンスタンチノーブル包囲のフレスコが有名。壁画はかなり色褪せている。正教の本山であるコンスタンチノーブル(現イスタンブール)を占拠したトルコ軍を囲む壁画が有名。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() コンスタンチノーブル包囲 |
ヴォロネッツ修道院:1488年建設。青を基調としたフレスコ画。東壁は聖人伝、南はエッサイの木、西が有名な「最後の晩餐」で、この絵のために、普通は西にある入り口が違う場所にある。
![]() 壁面一杯の聖人伝 |
![]() |
![]() 傑作と称えられる「最後の審判」 |
![]() |
ちょうど遭遇した僧侶。大きな美しいペンダントをつけていた。
モルドヴィッツァ修道院:1532年建設。南壁の戦闘場面「コンスタンチノーブルの包囲」が有名ここは626年コンスタンチノーブルに攻め込むペルシャ軍を描いているが、オスマントルコとの対立時代に描かれたので、ペルシャ兵の顔や装備はトルコ風。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
スチェヴィツァ修道院:1586年建設、五つの中で最大、モルドヴァ地方最大規模の修道院だが、ここだけは世界遺産ではない。「天国の梯子」は異端者の顔は、当時の政治情勢を反映して、トルコ風に描かれている。
![]() |
![]() |
![]() 天国の梯子 |
![]() |
![]() |
アルボーレ修道院:1503年建設。緑が基調。世界遺産だが、辺りに人影も無く、寂しい印象。敷地の正面は墓地、ルーマニア独特の賑やかな墓が並んでいる。すぐそばに、子持ちのつがいのコウノトリがいた。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
スチャバを出てシギショアラへ向う。
![]() ビガズ峠。人家は無いが土産物屋が一杯 |
![]() 赤湖 |
![]() 岩塩工場 |
シギショアラの町は中世の面影を色濃く残した町並み。ドイツ移民の影響が大きい。ドラキュラの父親ブラド・テペシュの家があるので有名
![]() ホテル横のちょっとショボい朝市 |
![]() 中世の香り豊かな旧市街 |
![]() 市役所 |
捕らえたトルコ軍を残酷な方法で処刑したため、吸血鬼のモデルとされているドラキュラ、モデルとなったブラド・ツェペシュは、実は良い王様だったとか。ドラキュラのモデルとなったブラド・ツェペシュの生家があるシギショアラ。父親がハンガリー王によって4年間幽閉されていたその家は、現在はレストランになっている。
![]() ドラキュラの父の像 |
![]() ドラキュラの生家は |
![]() レストランになっている |
![]() 時計塔は |
![]() からくりになっている |
![]() 謎の木製トンネル |
![]() トンネルを登ると13〜15世紀の教会 |
![]() 由緒ありげな扉 |
![]() 山上は景色が素晴らしい |
![]() ドイツの影響が強い。ドイツの学校 |
![]() 立体フレスコ画? |
![]() 昔の洗濯場 |
![]() ドラキュラが住んでいたというブラン城 |
![]() お城の入り口 |
![]() 最後の城主は女性。意外に女性的なお城 |
![]() 窓の開閉 |
![]() お城のすぐ下は国境 |
![]() ここもドラキュラが売り物 |
ルーマニア第二の都市。ルーマニア人、ドイツ人、ハンガリー人によって発展した町でドイツ色が強い。
ルーマニア正教の聖ニコラエ教会は、外国人に抑圧されていたルーマニア人が押し込められていたスケ地区にある。教会の隣には初めてルーマニア語で授業が行われたルーマニア最古の学校。
![]() |
![]() |
![]() ルーマニア最古の学校 |
![]() ハプスブルグの砲撃による黒の教会 |
![]() 市庁舎 |
![]() ちょっと変わった市の紋章 |
シナイ山エカテリーナ寺院に由来するシナイア僧院。壁画が迫力だが、テーマはモルドヴァの修道院と同じ最後の審判。
![]() |
![]() |
![]() |
ルーマニア王族の避暑地として知られる美しい町シナイア。19世紀、ルーマニア最初のドイツ人王カロルTが建てたペレシュ城がある。靴カバー要。内部の木造彫刻が素晴らしい。が、撮影料は破格の5,000円ほど。高いだけのことはあったけれど。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
ブカレストへ向う道すがら、プロエシュティという共産党時代の製鉄工場跡
![]() |
![]() 凱旋門 |
![]() 首相官邸 |
![]() 国立大学 |
共産党らしい無機質な建物群
![]() |
![]() |
国民の館:パスポートを預けて入る。旧共産圏そのままの、陰険な見張り役が付いてくるが、電気を消す役目もあるという。室内は撮影禁止、外へ向いてはOK。お立ち台から街を見晴らす景色は素晴らしい。
![]() |
![]() |
![]() |
ちょっと不気味な赤い噴水が視の中心部には沢山ある。
![]() |
![]() |
![]() |
大司教教会:ルーマニア正教会だが、イスラム教のアザーンを髣髴とさせる、拡声器の大声で賛美歌が流れる。賛同を含め広大な敷地に沢山の建物が並んでいる。内部は正教らしく、一面フレスコ画で埋め尽くされている。
![]() |
![]() |
![]() |
革命広場
![]() 革命広場から旧共産党本部を望む |
![]() バルコニーで演説した大統領が屋上から脱出 |
![]() 手前の茶色いビルが旧KGB |
農村博物館 MUZEUL SATULUI
アイルランドの火山噴火でヨーロッパ中の空港が閉鎖。しばらくブカレストに滞在することになり、世界的にも有名だという農民博物館へ行って時間つぶし。ヨーロッパに数ある農村博物館の中でも、規模の大きさ、保存状態の良さで高い評価を受けているというここは、凱旋門のすぐそば、広大な公園のなかにある。地方によって微妙に異なる木造建築の家々、納屋、教会などが立ち並ぶ。特に彫刻の門が印象的。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
日本の農家を思い出させる家屋も
![]() |
![]() |
![]() |
沢山の古い教会もあり、素朴な深い信仰を知らされました。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
内部が豪華な古い教会 撮影禁止だったような・・・ |
外側の木の壁に宗教画が描かれている教会もありました。
![]() |
![]() |
![]() |
時間を持て余して郊外のチガネシティ寺院へ。由緒ありげな古い寺院で博物館もあった。
![]() |
![]() |
![]() |
次はショッピングモールで時間つぶし。物価が安いのでびっくり。漢字の刺青屋があった。漢字は間違っているのもあったけれど。
翌日は市内散策。至る所に両替屋がある。メンブリッジ大学センターと書いてあるのが小学校らしくビックリ。高級車のお迎えも来ていた。革命広場に面した元宮殿が美術館。二棟あり結構色々な画家の作品があった。
![]() ケンブリッジ大付属?小学校 |
![]() |
![]() 美術館 |
![]() 革命広場に面した正教会 |
![]() 壁画は同じテーマ |
![]() 歴史博物館 宝石類が凄かった |
![]() ローマ時代の遺跡もある |
![]() 聖人像のある修道院・病院 |
![]() ここの壁画も同じ様なテーマ |
ブカレストで待っていても仕方が無いので、ウィーンへ向うことに。飛行機だとひとっ飛びだが一泊二日のバスの旅。
![]() 石油掘削機が見える。産油国なんだ・・・ |
![]() 花がとても綺麗でした |
![]() ここにも暖房用のパイプ |
![]() 原子炉 |
![]() 旧共産党時代の工場 |
ルーマニア・ハンガリーの国境では、検問所が意地悪しているとしか思えない約40分の渋滞。旧共産国の意識が抜けていない。夜中にブダペスト着。
![]() ブダペスト ゲッレールトの丘 |
![]() 王宮 |
![]() ハンガリーとオーストリーの国境 |
ウィーン:足止めされた日本人観光客が一杯でした。
![]() ウィーンらしいアールヌーボーの扉 |
![]() 公園は花が一杯で癒されました |
![]() 帰国便で一緒だったウィーン少年合唱団 |