中欧三都市 PRG・VIE・BUD 2006.07.10 - 17
7月10日(月) アリタリアでミラノ経由中欧へ。写真はプラハとブダペスト
です。
7月11日(火) 午前中はプラハの市内観光。
まずはプラハ城へ。プラハ城とは実は沢山の建物の集合体だが、メインは聖ヴィート教会。内部にはチェコの誇る芸術家ミーシャの手になるステンドグラス、建国の祖、マチャーシュ王の原石ガーネットで飾られた墓所がある。
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聖ヴィート教会の外にはこれも国民的聖人、ヤン・ネポムスキーの像があるが、カレル橋からモルダウ川に投げ落とされたというこの聖人の像は国中の橋に沢山あり、頭の周りに5つの星があるのが特徴。
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城の域内、近辺には様々な宗教施設があるが、今回はロレットへ。
ロレットとはイタリアの地名で、ここにある「聖なる家」はマリアが受胎告知を受けた家、エジプトから帰還したキリスト一家が住んだ家、そしてマリアがキリストの死まで住んだとされる家で、異教徒の攻撃を避けるためにパレスチナのナザレからクロアチアを経由してイタリアへ運ばれたと言われ、その家を模倣したものが各地で巡礼の対象になっているとのこと、以前クロアチアへ行った時にもマリアの家として紹介され、本気で信じているのかしらとおかしかったことを思い出し、訪ねてみた。
私のような不信心者が行くのは憚られるような、真剣な祈りに包まれた聖堂の中には、ロレットの家を模した建物が立っていて、思いのほか参拝者も多かった。音が美しいことで有名なカリヨンも丁度聞くことが出来た。
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丘の下、カレル橋にはヤン・ネポムスキー師の銅像の他、アジアにキリスト教をもたらしたザビエルの像もある。イエズス会の存在が割りと大きいらしい。
旧市街の中央には時計台、少し離れてヤン・フスの像。ヨーロッパ全体を戦乱に巻き込んだ14世紀の30年戦争は本格的な宗教改革に先駆けること100年、主な舞台はドイツだが、発端はここプラハでの騒動、フスはその首謀者としてこの広場で火あぶりになったという。
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7月12日(水) プラハを出て、チェスキークロムロフ経由ウィーン着。宿はAIRO TOWER HOTEL。
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7月13日(木) ウィーン滞在。忙しい日程でした。春の旅行でおいしかったモーツァルトチョコを発見。
7月14日(金) ハンガリーの歴史の原点、ドナウベントを経由してブダペストへ。宿はIBIS。
7月15日(土) ブダペスト観光。まずはオペラ座の内部ツアーに参加。写真撮影は禁止。市内を歩いているとあちこちにモーツァルト・コンサートの広告。開催される場所もハンパでないクラシック。
聖イシュトバン大聖堂は豪華な内部。お宝は聖イシュトバンの「右手」、本日は何かイベントがあり、見学不可。
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その後は有名な「くさり橋」へ。今日は何のお祭りやら、橋の上には様々な露店が出て大賑わい、珍しい刺繍の実演、薄いクレープ状の巻き菓子など。
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橋のたもとにはバンドが出て大演奏会、夜は盛大な花火もあった。
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7月16日(日) 出発の飛行機はターミナルB発。免税手続きに行くと、乗り継ぎ時間が1時間半あれば文句無いだろうと、係員はハンを押してくれない。前回添乗員のレポートに、AターミナルでやったらOKだった、とあったのを思い出し試してみると、本当にOK。
ミラノへ行ってみると免税のカウンターは長蛇の列、係員が「お茶」でお休み中だからだそうな。出発前には係員も戻ってきてOKだったが。
7月17日(月) 成田着。