公園入り口まではすぐなのに、何故かバスを乗り換え、また同じようなバスが来た。
まずはトロッコ電車で「悪魔の喉笛」駅へ。沢山の蝶が舞っている。ここから木道を1000mほど通って大量の水が落ちる「悪魔の喉笛」へ。飛行機の着陸直前にも水煙が見えたが、木道からも滝つぼの水煙が見える。鵜のような水鳥も見える。
2月09日(木)6:15発の電車でマチュピチュへ向かう。クスコから次の駅ポロイまではスイッチバックでノロノロ進む。線路の切り替えは同じ人が列車に付いて来て行う、その程度のスピード。クスコの町の汚い部分が沢山見えて気持ちが悪い。中心地に比べ余りの悲惨さに絶句。
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途中は田園風景が美しい。途中の駅では土産物や食品を売るオバちゃん達がにぎやか。続いて更に美しい渓谷。所々にハイキング?コースが見えるが、歩くとどんななのだろう。亜熱帯に入って間もなくアグアスカリエンテス到着。ガイドブックに書いてある通り、列車の往路は進行方向左の方が景色が良いが、眠っている人も多い。
乗り合いバスに乗り換えてマチュピチュへ。 |
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憧れのマチュピチュ、でもガイドブックの読みすぎ、ビデオの見すぎで、感激はイマイチ。
まずは丘の上から全景を楽しんでから遺跡へ。ここでマチュピチュ観光はタイミングが大切と実感、薄い霧が絶えず動いて、全く見えない瞬間もある。
途中で高山のうさぎビスカチャーニを目撃、最後は雨も。 |
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再びバスでアグアスカリエンテスへ戻り昼食、買い物。あまり買いたい物は無し。
復路の車中では車掌さんが販売員、民族舞踊の踊り手、ファッションモデルにまで変身、ペルー名物のアルパカのセーターなどを売っていた。
復路は途中駅ポロイにて下車、クスコの夜景を楽しむ。
2月10日(金)高山病を警戒して医師同行でプーノに向かう。フジモリ政権が山賊を一掃するまでクスコ〜プーノの道は大変危険だったそうだが、現在は街灯が点き、舗装もされ快適。
大きなパンが名物の村、インカの門、湿地に半分沈んでいるような瓦製造の村、金無垢の像のある教会、警察学校などを通過後、日本人にも使えるWCがある休憩所へ。
土産物店を兼ねたここには、ほっそりした2歳のビクーニャ、生後10日のベビーアルパカがいる。写真撮影無料。
行程の最高地、高度4335mの
ラ・ラヤ峠はクスコ県とプーノ県の境界、太平洋、大西洋の分水嶺で、正面には6420mのクルナラ山、周りはプーノ大学の研究牧場で、リャマが沢山放牧されている。
過去に集団でバスジャックをしていて「山賊村」と呼ばれていた場所を通過、BC500〜800頃のチチカカ最初の遺跡プカラにて「おにぎり」の昼食。おにぎりは、クスコで作ったもので、結構美味。プカラは。またUFOが多く目撃されることでも知られている。
フリアカは飛行場もある大都市だが、ちゃんとした家は殆ど無し。土の家、道は泥んこ。工程中には三輪自転車のタクシーを沢山目撃した。
プーノの手前で1000〜15430年頃の墓場シルスタニ遺跡を観光。ピューマの石と呼ばれる磁石が珍しい。
行程中、沢山の検問所を通過して、ようやくプーノ着。ホテル着後すぐにボートでチチカカ湖の浮島群ウロス島へ向かう。直前に雨が降ったらしく、葦を敷き詰めた足元は湿っていて寒いが、子供達は裸足。フジモリ政権になってやっと電気、学校、病院が出来たそうだが、悲惨で正視に堪えない。目の前にある私達の宿は、いくら物価が安いとはいえ、日本では私達も泊まれないような豪華な5つ星、この子達の目に私たちはどう映るのだろう。
2月11日(土)チェックポイントを経て
フリアカ空港着。空港名マンコカパックはインカの王の名。チチカカ湖観光に大勢が降りるフリアカだが、町は本当に日干しレンガの家ばかり、空港とのギャップが凄い。前日雨が降ったらしく、舗装していない地面は泥水で溢れ、見るに耐えない。
2006年にある選挙に備えて候補者が来るらしく、空港は歓迎の人と旗で一杯。ゲートで待つ間には民族音楽の生演奏もある。
10:15に候補者も乗った飛行機が到着、10:45には離陸。 11:45 リマ着、そのままバスで空港発、
ナスカへ向かう。
リマ市内の日本食レストラン・フジでお弁当の積み込み時には、厳重な店構えに防弾チョッキのガードマンがいてビックリ。お弁当は幕の内。
ペルーの海外線を南下。海辺には沢山の海水浴場の他、鶏の小屋が並ぶ。日本とは飼い方が違う。
途中は砂漠と豪快な岩山の連続。途中レストランにてWC休憩。トイレ代の代わりにということで先日食べておいしかったルクマのアイスクリームを食べる。レストランの正面は綿花の畑。日本人も多く、曹洞宗の寺院もあるとのこと。その先の Chincha は葡萄の産地で、強烈な葡萄酒ピスコも取れる。
途中夕焼けがきれい。後は岩山と砂漠が連なり、単独の車では恐ろしいほどの人気の無さ。ナスカ高原に入る頃には暗くなり、砂漠にある展望やぐらも影のみしか見えない。
ホテル着は中庭を囲んだ二階建てで、外とは別世界。
2月12日(日)最後の観光、地上絵を見るため早朝ホテル発。すぐに飛行準備にかかり、私たちは一番のフライトに決まる。パイロットが来て、右・左を日本語で確認、相当上手。また、見る地上絵の順番を絵で確認する。
飛行機はパイロットも入れて6人乗り。
今日は風も無いので飛行機は安定。15ほどの地上絵を左右全員が見られるよう巡っていく。有名な絵以外にも何やら線が一杯だが、案外線が薄くて写真を撮るのは難しい。遠くの山々も迫力。飛行機は時には90度くらい傾く。
昼食後、。バスで移動し、展望やぐらに登って再度地上絵を見る。このやぐらは地上絵の保存に尽力したドイツ人女性考古学者マリア・ライヒさんが、観光客が地上絵の中に踏み込むのを防ぐために自費で建てたもので、定員10人ほど、交代で登り、「手」と「木」を真近で見られる。
WC休憩の前にイカの町へ。ペルーへ移住した日本人も多数住むというこの町を少し見物ということで、バスのまま町の中央部へ。東南アジアを思わせるゴミゴミした町の雰囲気、ここへ来た日本人移住者の心を思いやると切ない。遠くに名物の砂山=黄色を見ながらイカ空港のWCへ。ここからも地上絵ツアーの飛行機が出る。
空港の裏には会社のシンボルであるコンドルPepe が飼われているが、ご機嫌ナナメで羽ばたかない。ペピート、と愛称で呼ぶと寄ってきたけれど。
今日は日曜日なので海岸へ泳ぎに行って帰宅でリマに向かう車が多く、道は大混雑。それにしても車も無しに道でヒッチハイク風の人が多く、誰も乗せてくれなかったら砂漠の真ん中でどうするんだろう。
昨日の弁当の店、リマ市内の日本食レストラン・フジで夕食。何と握り寿司。こんなところで生の魚を食べることがあるとは。茶碗蒸し、アサリ入りの赤だし、煮物に飲み放題の麦茶。途中でレストラン・オーナー滝沢氏のお話。食後は2階でお買い物。先日のポコ・ア・ポコと同じものが、ちょっと安くて揉めていた。マカ、カムカム等等、アルパカ製品もあった。
夜空港にて再び出国手続き。
2月13日(月)01:00 搭乗開始、入国カードを配ったのは知っていたが、食事が出たのには全く気付かず熟睡。
06:15(メキシコ時間07:15)メキシコ着。またまたロシアンルーレット式の荷物チェックあり、手間取る。
車中で今日のオプショナルについて話があったが、
ソチミルコは希望者は何とたった7人。
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メキシコの世界遺産の一つ、水郷ソチミルコは平日なのですいていた。のんびり水上を屋形船で周遊、植木屋を冷やかす。
大学都市は学生だけで15万人もいるという大きなもので、図書館の壁は有名なフアン・オゴールマンの作品、中央の建物の壁はシュケイロス、スペイン語講座に何度か出た名前だ。
ホテル着後、知り合いのメキシコ人ガビーとその夫と懇談。 |
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2月14日(火)帰国の日。免税店でテキーラ製品を買う。同じものが向かい合わせの店で違う価格! テキーラの小瓶、テキーラ入りチョコなど。
バンクーバー着、またまたトイレ以外何も無いトランジットルームで待機。 バンクーバー離陸。
2月15日(水)成田着。多分一生に一度の南米旅行、波乱万丈でしたが無事終わりました。
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