中南米14日間


2001.9.11 同時多発テロ事件で出発直前に一度中止、今度こそと楽しみにしていた2005年12月1日はアルゼンチン航空のストが理由で出発前日の夕方にドタキャン・・・、そんな訳で「二度あることは三度ある」になるか「三度目の正直」になるか、自他共に注目の中南米14日間の旅、2006年2月2日に出発して15日に無事帰国しました。「三度目の正直」というわけです。
訪問地は

メキシコシティ 
グアドルペ 
テオティワカン 
メキシコ国立博物館 
ブエノスアイレス 
イグアス 
ブエノスアイレス・ボカ地区
リマ
クスコ
マチュピチュ
ラ・ラヤ峠へ
フリアカ
プーノ
フリアカ
ナスカ
ソチミルコ
というコースです。

2月02日(木)成田発17:20が18:00に出発、約7:30時間のフライトでバンクーバーに着きました。ここでは給油のみということで、トランジットルームから全く出られず、勿論買い物も×。喫煙もダメ。あるのはトイレとペットボトルの水だけでした。

約2時間後に再び離陸。オレゴン、ユタなどのアメリカの州の上空を通過、まん丸な畑、不気味な赤い色のソルトレーク、無人のモニュメントバレーなどが上空からよく見えました。アメリカを過ぎるとジャングルが目立ちました。
約4時間でメキシコシティの空港着。荷物の検査はロシアンルーレット方式で、ボタンを押して赤ランプが点くと開けて検査、でした。
メキシコの通貨はペソ、日本円で約10円というところです。
2月03日(金)
まずは市内観光。ホテルのすぐ裏リベルタ通りの大きな柱 Independence Column の前で写真ストップ。リベルタ通りにはアステカ最後の王、最初の原住民出身の大統領 Huarez などメキシコの歴史に関係のある人々の像が並んでいる。その中にはコロンブスの像もあるが、新大陸発見の功労者も現在では圧制のシンボルで、「アメリカ発見の日」には狼藉予防に像はバリケードで囲われるそうな。
旧市街では江戸時代に伊達藩から派遣された支倉常長一行が参拝したサンフランシスコ寺院、一行が滞在した美しい青タイルの家を経て憲法広場へ。
バスを降りて見学。ここはアステカ時代の政治・宗教の中心地だった場所で様々な建物がある。広場に立つ国旗の大きさに驚く。
Temple Mayor はそのまま訳せば大神殿、アステカ時代の遺跡だが長い間土石に埋もれていたものが1978年工事中に偶然見つかったものだそうだ。工事の掘削機も歯が立たない硬い石積みだった。そのすぐ左が1573年から250年をかけてスペイン人が建てたキリスト教の大聖堂、そして Temple Mayor の右側が大統領府。
大統領府は昔、征服者コルテスの宮殿だった所。中にはメキシコの歴史を表す巨大な壁画の数々、神話から始まってアステカなどの古代文明、スペインによる征服、革命、現代までが描かれた正面の巨大な壁画の他、回廊にも様々な歴史的な絵が並ぶが、建物の半分は現在も大統領府が使用中で立ち入り禁止。
再びバスに乗り、隕石が展示されている超立派な郵便局、マリアッチ演奏家が集うガリバルディ広場などを通り、アメリカ大陸最大の巡礼地グアドルペのマリア参拝へ。
1531年というスペイン統治の初期、現地人 Juan Diego に現れた奇跡のマリア像(絵)が飾られている。リュウゼツランという植物で出来た布の上に現れたマリア像がそのままの形で飾られているということだが、ムム。中米のみならず全世界の人の信仰を集めているということで、なるほど参拝者が一杯だが、これが500年前そのままの絵? 不信心者の私には好奇心の対象でしか無い、スミマセン。
続いて郊外の遺跡テオティワカンへ。ガイドさんの力の入った説明に、早くピラミッドに上りたい我々はちょっとイライラ。ピラミッドは案外急坂で、登るのは大変。私は月のピラミッドは途中で放棄、一番高い太陽のピラミッドの頂上へ登りました。
昼食の後は市内に戻り国立博物館国立博物館へ。メキシコの古代の遺物がマヤ、テオティワカンなど時代別・文明別に判りやすく展示されている。剥いだ人間の皮膚を着る?習慣があったとかで、可愛い像がそれを表していると聞いてビックリ。
夕食後、空港へ。
今回の旅で利用予定だったアルゼンチン航空は12月の大ストライキで大勢がクビになり、その結果人数が足りなくなったのか2月になって大幅な路線の停止、スケジュールの変更が行われたとのこと、私達のスケジュールも大いに影響を受けることになった。

2月04日(土)
元々時間不正確な運行と聞いていたが、出発時間が過ぎても全く何のアナウンスも無し、時間は12時を過ぎて、居眠りして搭乗券を床に落とす人も現れた頃やっとお呼び。機中では律儀に夜中の2時だというのに食事が出ました。それが終わって3時にやっと消灯。

約4時間後にはコロンビア・ボゴタに到着。全員一度降機し、眠い目をこすりながらセキュリティチェック。コロンビアは内戦状態ということでか、麻薬を警戒してか、手荷物はX線検査の後更に中に手を入れて検査する念の入れよう、ホカロンが出て来て説明に窮する人も。X線装置の傍にはコロンビア・コーヒーの売店。本場物が買える唯一の場所とのこと。
眠気も覚めて再び機内へ、更に6時間半かかってアルゼンチン・ブエノスアイレス着、もう夕方の4時過ぎ。アルゼンチンについての説明をざっと聞きながらホテル着。
                      
夕食の後タンゴの店へ。タンゴといえばアルゼンチンの代名詞、それだけに沢山の店があり、質も千差万別、私達が行った店は中では非常に伝統のあるところという説明で、2005年のダンス・チャンピオンや85歳にもなる女性長老歌手、有名なピアニストなどが出演し、狭い劇場は超満員だった。ダンスのペアは明日から日本へ出かけるというし、女性歌手も何度も日本に行ったとか、バンドメンからは日本語で挨拶されたり、知らないところでタンゴが日本に深く結びついていることを知る。
2月05日(日)
早朝にホテルを出てイグアスへ向かう。飛行機からは海と見紛う巨大なラプラタ川と向こう岸ウルグアイが見える。
イグアスの滝はアルゼンチン、ブラジル、ウルグアイの三国にまたがっている。2001年に南米旅行を計画した時にはアメリカの9.11同時多発テロのお陰で中止になり、4000円もしたブラジルのビザを無駄にしてしまったが、今回はビザ無しのアルゼンチン側からの観光。
イグアス空港には運転席と客席の間に頑丈な扉の付いたバスがお迎え、ガイドさんはブラジルからご出張とか。
公園入り口まではすぐなのに、何故かバスを乗り換え、また同じようなバスが来た。
まずはトロッコ電車で「悪魔の喉笛」駅へ。沢山の蝶が舞っている。ここから木道を1000mほど通って大量の水が落ちる「悪魔の喉笛」へ。飛行機の着陸直前にも水煙が見えたが、木道からも滝つぼの水煙が見える。鵜のような水鳥も見える。
      
「悪魔の喉笛」で沢山の写真を撮った後、再びトロッコに乗り今度は途中で下車、さっきは上から見た滝をジャングルの道を辿りながら横から見る。
昼食の後は更に下に降りボートへ。滝つぼの近くへボートで近寄るのだが、飛沫が凄くレインコートを着ていても全身ずぶ濡れになった。陸に上がると今度はジープ? 更にバスに乗り換えてホテルへ。ブーゲンビリアが美しいホテルでした。
 

2月06日(月)
まずは三国記念碑へ。イグアスはブラジル、アルゼンチン、ウルグアイの三国を流れる二つの川の合流点にある。滝とは打って変わった穏やかな太い川、現在は平和な眺めだ。     
空港へ着いたが、乗る予定の飛行機がまだ着いていないという。他の飛行機も遅れているのか、午前中は飛行機が全く来ず、空港はだんだん人が一杯に。名物というマテ茶などを買って時間つぶしをしたが数が少ない土産物店も見飽きた頃、ようやく飛行機が到着、搭乗チェックが始まる。
大きな川は泳ぐには大変そうだったが、ひと気の無い川伝いに密入国も多いのだろう、搭乗時にはアルゼンチンに入国したときのスタンプを確認された。

ブエノスアイレスの今度は国内線空港へ到着、すぐ横にあるラプラタ川が茶色く巨大に迫る。向こう岸はウルグアイだがまるで見えない。
何と3時半になって昼食、アルゼンチン名物の肉料理。前菜も肉。
その後大急ぎで市内観光へ。南米独立やアルゼンチン建国に功績のあった人々の銅像や名前のついた通りが多い。短時間だがタンゴ発祥の地ボカ地区・カミニートでフリータイム、何ともゴチャゴチャした場所。
何と幕の内弁当を持って、また空港へ。今度は夜中の国際線でペルーへ向かう。ブエノスアイレス、よく見られました・・・。

2月07日(火)夜中にペルー・リマ到着。こんな時間でも乗客が一杯、荷物検査も例のロシアンルーレット方式だが、結構厳しい。
ホテルでしばらく眠ってから市内観光へ。
まずは日本人天野氏が私財をつぎ込んで建てた天野博物館へ。ペルーの遺跡、特に海岸沿いのチャンカイという場所の遺物を中心とした展示物だが、織物の細かさ、染色の鮮やかさなど、現代でも感心するような高度な技術に感心する。
昼食はペルー名物鶏の丸焼、デザートのルクマは柿と栗のミックスのような味でおいしかった。
市内観光では以前テロリストが大勢の人質をとって立て篭もった旧・日本大使公邸も見物、その後日本人が経営する土産物店でお目当てのアルパカのセーターとスカーフを買う。

2月08日(水)3:30ホテル発、空港へ。時差ぼけに加え毎朝すごい早起きで皆参っている。この先は田舎になるのでWC使用料として米ドルからほんの少々ペルーのお金に両替。     

クスコ着。クスコでも南米独立の父サン・マルチン将軍とボリバール将軍の像が観光客を迎えてくれる。
ホテルでは絶対に歩いて上階に上らないこと、頭を冷やさないこと、お風呂は×、シャワーも△と注意を受ける。
WCは排水管が細いので紙を流さないこと、他にもこういう国はありますが私の一番苦手なことなので、これには参りました。
便座の無いトイレが多いがベッタリと座らないこと、動物に触らないこと、高山病に良いとてコカ茶が供されているが、
    
利尿作用があり必ずしも誰にでも良いとはいえないので注意、寒い人はペットボトルに熱湯を入れて湯たんぽ代わりに、等々の注意。
一休みの後市内観光へ。特徴のある山高帽に膨らんだスカート姿の女性が沢山歩いているが、写真のモデルになるべく、わざとウロウロしている人もあるので、うっかり撮ってお金を要求されぬよう注意。
       
       
      
まずはインカの遺跡の上に建てられたサントドミンゴ教会(コリチャンカ)へ。地震の際にスペインの建物は崩れたのにインカの土台はビクともしなかったと説明があったが、何故かインカの土台の一部が崩れている。これは地盤沈下が原因とか、インカの計算外だったそうな。有名な、カミソリも入らないというピッタリした石組み、他の石とピッタリ接した12角の石を見ながら一部歩いて市内観光。人が多いのでビックリ、高度3400mで空気が薄いけれどペルーでは第三の大都市とか。人気スポーツがサッカーというのも驚き、肺活量が凄いわけだ。
      
でも平地では意外に弱いとのこと。
続いて郊外のインカ遺跡、大体は砦を見に行く。広い地域に砦が巧みに配置されている。高地なので息が切れ歩くのは大変。最後に地元の農家を訪問、とうもろこし酒チチャや食用の天竺ネズミが目当てだが、あたり一面動物や子供のウンチが散らばっているので要・注意。
夕食時には民族音楽・舞踊の歓迎があるも、高山病で頭痛の人が多く、早々に中座して行った。
       
       
       
       
       
       
       

2月09日(木)6:15発の電車でマチュピチュへ向かう。クスコから次の駅ポロイまではスイッチバックでノロノロ進む。線路の切り替えは同じ人が列車に付いて来て行う、その程度のスピード。クスコの町の汚い部分が沢山見えて気持ちが悪い。中心地に比べ余りの悲惨さに絶句。

       
      
途中は田園風景が美しい。途中の駅では土産物や食品を売るオバちゃん達がにぎやか。続いて更に美しい渓谷。所々にハイキング?コースが見えるが、歩くとどんななのだろう。亜熱帯に入って間もなくアグアスカリエンテス到着。ガイドブックに書いてある通り、列車の往路は進行方向左の方が景色が良いが、眠っている人も多い。
乗り合いバスに乗り換えてマチュピチュへ。
      
憧れのマチュピチュ、でもガイドブックの読みすぎ、ビデオの見すぎで、感激はイマイチ。
まずは丘の上から全景を楽しんでから遺跡へ。ここでマチュピチュ観光はタイミングが大切と実感、薄い霧が絶えず動いて、全く見えない瞬間もある。
途中で高山のうさぎビスカチャーニを目撃、最後は雨も。
       
       

再びバスでアグアスカリエンテスへ戻り昼食、買い物。あまり買いたい物は無し。
復路の車中では車掌さんが販売員、民族舞踊の踊り手、ファッションモデルにまで変身、ペルー名物のアルパカのセーターなどを売っていた。
復路は途中駅ポロイにて下車、クスコの夜景を楽しむ。


2月10日(金)高山病を警戒して医師同行でプーノに向かう。フジモリ政権が山賊を一掃するまでクスコ〜プーノの道は大変危険だったそうだが、現在は街灯が点き、舗装もされ快適。
大きなパンが名物の村、インカの門、湿地に半分沈んでいるような瓦製造の村、金無垢の像のある教会、警察学校などを通過後、日本人にも使えるWCがある休憩所へ。
土産物店を兼ねたここには、ほっそりした2歳のビクーニャ、生後10日のベビーアルパカがいる。写真撮影無料。
       
行程の最高地、高度4335mのラ・ラヤ峠はクスコ県とプーノ県の境界、太平洋、大西洋の分水嶺で、正面には6420mのクルナラ山、周りはプーノ大学の研究牧場で、リャマが沢山放牧されている。
       
       
過去に集団でバスジャックをしていて「山賊村」と呼ばれていた場所を通過、BC500〜800頃のチチカカ最初の遺跡プカラにて「おにぎり」の昼食。おにぎりは、クスコで作ったもので、結構美味。プカラは。またUFOが多く目撃されることでも知られている。
フリアカは飛行場もある大都市だが、ちゃんとした家は殆ど無し。土の家、道は泥んこ。工程中には三輪自転車のタクシーを沢山目撃した。
       
プーノの手前で1000〜15430年頃の墓場シルスタニ遺跡を観光。ピューマの石と呼ばれる磁石が珍しい。
      

行程中、沢山の検問所を通過して、ようやくプーノ着。ホテル着後すぐにボートでチチカカ湖の浮島群ウロス島へ向かう。直前に雨が降ったらしく、葦を敷き詰めた足元は湿っていて寒いが、子供達は裸足。フジモリ政権になってやっと電気、学校、病院が出来たそうだが、悲惨で正視に堪えない。目の前にある私達の宿は、いくら物価が安いとはいえ、日本では私達も泊まれないような豪華な5つ星、この子達の目に私たちはどう映るのだろう。

       
       
       
       

2月11日(土)チェックポイントを経てフリアカ空港着。空港名マンコカパックはインカの王の名。チチカカ湖観光に大勢が降りるフリアカだが、町は本当に日干しレンガの家ばかり、空港とのギャップが凄い。前日雨が降ったらしく、舗装していない地面は泥水で溢れ、見るに耐えない。
2006年にある選挙に備えて候補者が来るらしく、空港は歓迎の人と旗で一杯。ゲートで待つ間には民族音楽の生演奏もある。
       

10:15に候補者も乗った飛行機が到着、10:45には離陸。 11:45 リマ着、そのままバスで空港発、ナスカへ向かう。
リマ市内の日本食レストラン・フジでお弁当の積み込み時には、厳重な店構えに防弾チョッキのガードマンがいてビックリ。お弁当は幕の内。
ペルーの海外線を南下。海辺には沢山の海水浴場の他、鶏の小屋が並ぶ。日本とは飼い方が違う。
       
途中は砂漠と豪快な岩山の連続。途中レストランにてWC休憩。トイレ代の代わりにということで先日食べておいしかったルクマのアイスクリームを食べる。レストランの正面は綿花の畑。日本人も多く、曹洞宗の寺院もあるとのこと。その先の Chincha は葡萄の産地で、強烈な葡萄酒ピスコも取れる。
途中夕焼けがきれい。後は岩山と砂漠が連なり、単独の車では恐ろしいほどの人気の無さ。ナスカ高原に入る頃には暗くなり、砂漠にある展望やぐらも影のみしか見えない。

ホテル着は中庭を囲んだ二階建てで、外とは別世界。

2月12日(日)最後の観光、地上絵を見るため早朝ホテル発。すぐに飛行準備にかかり、私たちは一番のフライトに決まる。パイロットが来て、右・左を日本語で確認、相当上手。また、見る地上絵の順番を絵で確認する。 飛行機はパイロットも入れて6人乗り。
       
今日は風も無いので飛行機は安定。15ほどの地上絵を左右全員が見られるよう巡っていく。有名な絵以外にも何やら線が一杯だが、案外線が薄くて写真を撮るのは難しい。遠くの山々も迫力。飛行機は時には90度くらい傾く。
       
       
昼食後、。バスで移動し、展望やぐらに登って再度地上絵を見る。このやぐらは地上絵の保存に尽力したドイツ人女性考古学者マリア・ライヒさんが、観光客が地上絵の中に踏み込むのを防ぐために自費で建てたもので、定員10人ほど、交代で登り、「手」と「木」を真近で見られる。
       

WC休憩の前にイカの町へ。ペルーへ移住した日本人も多数住むというこの町を少し見物ということで、バスのまま町の中央部へ。東南アジアを思わせるゴミゴミした町の雰囲気、ここへ来た日本人移住者の心を思いやると切ない。遠くに名物の砂山=黄色を見ながらイカ空港のWCへ。ここからも地上絵ツアーの飛行機が出る。
       

空港の裏には会社のシンボルであるコンドルPepe が飼われているが、ご機嫌ナナメで羽ばたかない。ペピート、と愛称で呼ぶと寄ってきたけれど。
       
今日は日曜日なので海岸へ泳ぎに行って帰宅でリマに向かう車が多く、道は大混雑。それにしても車も無しに道でヒッチハイク風の人が多く、誰も乗せてくれなかったら砂漠の真ん中でどうするんだろう。
昨日の弁当の店、リマ市内の日本食レストラン・フジで夕食。何と握り寿司。こんなところで生の魚を食べることがあるとは。茶碗蒸し、アサリ入りの赤だし、煮物に飲み放題の麦茶。途中でレストラン・オーナー滝沢氏のお話。食後は2階でお買い物。先日のポコ・ア・ポコと同じものが、ちょっと安くて揉めていた。マカ、カムカム等等、アルパカ製品もあった。
夜空港にて再び出国手続き。

2月13日(月)01:00 搭乗開始、入国カードを配ったのは知っていたが、食事が出たのには全く気付かず熟睡。 06:15(メキシコ時間07:15)メキシコ着。またまたロシアンルーレット式の荷物チェックあり、手間取る。
車中で今日のオプショナルについて話があったが、 ソチミルコは希望者は何とたった7人。
       
      
メキシコの世界遺産の一つ、水郷ソチミルコは平日なのですいていた。のんびり水上を屋形船で周遊、植木屋を冷やかす。
大学都市は学生だけで15万人もいるという大きなもので、図書館の壁は有名なフアン・オゴールマンの作品、中央の建物の壁はシュケイロス、スペイン語講座に何度か出た名前だ。
ホテル着後、知り合いのメキシコ人ガビーとその夫と懇談。

2月14日(火)帰国の日。免税店でテキーラ製品を買う。同じものが向かい合わせの店で違う価格! テキーラの小瓶、テキーラ入りチョコなど。 バンクーバー着、またまたトイレ以外何も無いトランジットルームで待機。 バンクーバー離陸。

2月15日(水)成田着。多分一生に一度の南米旅行、波乱万丈でしたが無事終わりました。


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