イタリア
2005.10.9-17



大手旅行社の特急イタリア旅行に添乗してきました。

10月9日(日)出発はオランダ航空で、まずはアムステルダム着。私たちはヨーロッパ内へ乗り継ぎのため入国=入域審査となるが、この手続きと、その直後のセキュリティチェックの何とノロイこと。おかげで時間ギリギリに乗り継ぎゲートに辿り着く。
ローマの空港ではローマ人であるアシスタントが「大きくてフレッシュな」犬の糞を踏んで大騒ぎ。皆には明日注意しようと思っていたが、とんだ実地教育。

10月10日(月)早朝ホテルを出発して、まずはヴァチカン美術館へ。松ボックリのある中庭で説明を聞いてから内部へ。
ここには歴代法王が金と権力にあかせて蒐集した沢山のお宝が収蔵されているが、第二次大戦中、ここだけは爆撃を躊躇するだろうという思惑から、イタリア中から戦火を逃れるために預けられた美術品も少なくないという。大戦後も返さないので、一部からは「泥棒」呼ばわりされているそうな。とにかく豪華、また建物自体も豪華。

土産物屋と観光客でごった返している廊下を通って、いよいよシスティナ礼拝堂へ。ごく最近、新法王の選挙が行われた現場だが、新宿駅もかくやという混雑。壁に沿ったベンチには人がぎっしり座って、ボーっと天井画や正面の「最後の審判」の絵を見ている、いや眠っている人も。

お次はサンピエトロ寺院。入場無料だが入る人が長蛇の列なのにビックリ、私たちは何だか上手く横はいり。ピエタ像、ピエトロの右足、ピエトロのお墓、法王のミイラ、沢山のモザイク画・・・、ここも街中と見まごうばかりの雑踏、皆さん目的のものは見られたのでしょうか。 
ヴァチカンは最近オーディオガイドを導入したそうで、見ていると大勢の人がイアフォンをしている。物凄い収入らしい。

バスに乗ってコロセウムへ。ここも物凄い人出。コロセウムに入れると期待して来た人もあったらしいが、パッケージ旅行の場合はパンフに明記してない場所には入れないのよ。この特急旅行で、そんな時間はありませんが、せっかくここまで来たのに残念ですよね。観光地を沢山、匂いだけ嗅いで通り過ぎるのがイヤな人の為に、ゆっくりパッケージを作ろう、というのが私の主張ですが、いざとなると矢張り、観光場所が多いのを選んでしまうのですねぇ。「真実の口」も車窓観光、通っただけでもラッキー。

テルミニ駅近くのレストランで昼食。テルミニは終着駅という意味もあるけれど、ここの名は温泉(テルメ)から転用されたとのこと、駅のすぐ傍にはローマ時代の大浴場があるので、その名がつけられたらしい。 
午後はトレビの泉経由スペイン広場まで行って解散、フリータイム。それぞれ調べてきた場所へ散って行ったが、随分遠くへ行った人もあったらしい。
私はすることも無く、バスが止まっている場所までの道順をチェックしたりウロウロ。スペイン広場階段のすぐ脇は何とイギリスの詩人キーツとシェリーの記念館で、シェリーはここで亡くなったとか。館内には古い本が一杯、今度は下調べをしてゆっくり来よう。

本当にイタリアにはヨーロッパ中の芸術家たちが来ているので感心する。私などが言ったら怒られそうだけれど、私もイギリスよりはイタリアの方がはるかに好き、両詩人の気持ちは良く分かる。
夕食はカンツーネの夕べ。

10月11日(火)またしても超早起き、ナポリへ向かって出発。曇って小雨も落ちてきたので、カプリの青の洞窟が心配。美しいナポリ湾の海の色が見られず残念。
が、諦めていた青の洞窟は、入れることになった。快晴でないので、どのような色か心配したが、洞窟の入り口まで青がはみ出るほどの絶好コンディション、チップを余分に払って洞窟内を二周した人もあった。

岸に上がってミニバスに乗り換え、島一番の繁華街広場へ。島の名物レモンを使ったお酒やお菓子が人気。
バス待ちが思いがけず長かったので、港までの道のりは恐ろしいほどの暴走運転。狭いカプリ島の切り立った崖の上を走る狭い道、両側を生垣や塀に囲まれたところをスレスレに走るが、たまには対向車もあり、船に乗り遅れるのではとヒヤヒヤ。後ろに見えるカプリ島の断崖絶壁が絶景、ローマの皇帝が心酔したという美しい島も滞在半日では何も見えない、またゆっくり来ましょうよ。晴れてきたので海の色もようやく、独特の美しい色が鮮やかに見えてきた。

船は結局30分以上遅れてナポリに到着。やれやれ、これからポンペイ。
広いポンペイには、ひとつの街だったのだから当然だけれど、様々な建物がある。今回は大小の野外劇場から。小さな劇場は貴族階級用、大きい方は貴族用、庶民用と場所が分かれている。今も現役でコンサートなどに使われている。
集会用の泉、商店跡、豪邸跡、娼館跡などが並ぶ大通りには馬車のワダチが残り、横断歩道、車止め、夜光貝を利用した夜用の道路指標など、現代も使われているものが違う形で残されており、当時どれほど便利な生活をしていたかが分かる。
居酒屋、パン屋の他、コンビにに近いものもあったという。

道路には所々、水を導くための鉛のパイプが露出している。薄い鉛を円筒形にしたこれが何とローマ時代のものと聞いて驚く。
歩いている我々の廻りを犬ガウロウロ、ローマのコロッセオは猫屋敷だが、ここは犬屋敷、日本の犬と寝かたが違うのが面白い。

ヴェスビオ山が良く見える中央広場は、古代も街の中心で、神殿の他に銀行、両替商など金融関係の建物もある。昔のヨーロッパの商品といえば「羊毛」、中世のメジチ家も羊毛交易で財を成したそうだが、ここポンペイでも羊毛が主要な商品だったらしい。
羊毛を染めたり、皮をなめしたりするのに使われた最重要薬品?は、人の尿。これを集めるために世界最古の公衆トイレもあった。 人の尿は、皮商人だったシェークスピアの生家でも使われていた。ポンペイの生活は17世紀くらいの水準だったということか。

遺跡には見所がまだまだ沢山あり、何度も来ている私でも毎回発見がある。でもきりが無いのも確か。

10月12日(水)ナポリ駅からイタリア版ユーロスターでフィレンツェへ、と触れ込みはカッコイイのですが、現れた車両の外観が汚くて皆がっかり。また車内の座席番号が複雑で自分の席を探すのが大変、彼らと私たちの頭の構造の違いを思い知らされました。
列車はローマで反転して更に進む。ナポリからの景色の移り変わりにイタリアが多民族国家であることを実感。
到着したフィレンツェ、見所は数々あれど時間が短いので大特急で大聖堂とウフィッツィ美術館、最後にミケランジェロ広場から町の全景を見て、はい、お終い。短すぎる・・・。

10月13日(木)ピサへ。私が大好きな街。今回はオープン間もない斜塔へ入場出来ると言う事で金15ユーロなりを払って。床の傾きは下の階の方が大きいか、ちょっと眩暈がする。今日は曇天で海岸線までは見えないが、真下には緑の芝生に白い建物が美しい。観光の後はバスでヴェニスまで直行。

10月14日(金)ヴェニス観光はお決まりのサンマルコ寺院と総督の館。早朝なので人は少ないが、ヴェニスらしい喧騒が無いのが寂しい。サンマルコ広場前の岸は護岸工事中。一年に200日以上浸水するという悩みを解決するために岸にバリケードを作ろうということだが、歴史上の人物があまた上陸した広場の威容はどう変化するのか。でも今日もサンマルコ寺院の中は浸水したまま、仕方ないか・・・。

予定より遅れたのでヴェローナまでバスは必死に走る。私が知る限り、パッケージ旅行でヴェローナをじっくり見られたことが無い。ロミオとジュリエットの舞台になっただけでなく、ローマ遺跡も沢山残る、中心街はおしゃれな、本当に素晴らしい街なのに。今回もノルマは果たしたが、有名なアレーナについては言及も無し。
更に走って夜ミラノ着。

10月15日(土)まずミラノ領主の館スフォルツェスコ城へ。アルファロメオのエンブレムがここの紋所だ。城内にはミケランジェロ最後の作品もあるけれど、見る時間は無し。すぐにドゥオモへ。ゴシックの南限とも言われる尖塔一杯の建物は残念、工事中でほとんど見られない。
午後は買い物。そんなものに興味は無い、と言う人はコモ湖へ。お天気だと景色が美しい所だけれど、本日は曇天で、せっかくケーブルカーで登った丘の上、充分な景観とは言えなかった。市内はマラソン大会で交通規制されていて、乗ってきたバスに再会するのが大変でした。

10月16日(日)超早朝の飛行機でアムステルダムへ。日本への乗り継ぎ便には6時間もあるので、空港から出発の観光バスで市内見学に出かけた。アムスも市内マラソンで交通規制していたが、地元の運転手はスイスイ、最後にはちゃっかりチーズ屋へ立ち寄り、私は大好物のスモークチーズとワッフルを購入。

アムスの空港内には国立博物館の分館もあり、無料で美術品が見られる。また「うさこちゃん」グッズを始めチューリップの球根など、独特の土産も多く、乗り継ぎには最適、最近は荷物の盗難が多いらしいけれど。

10月17日(月)成田着


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