ブルガリア・バラ祭り 3 - 8 June,2004 

ホテルは空港〜ロンドン市内を結ぶ鉄道駅のすぐ近くなので、荷物が小さければ列車でも行かれる。早速探訪に出かける。空港バスもホテルの前に停まる。駅の近くのスーパーで、今晩のオカズ購入。安いかな、と思うものも消費税が外税で、結構高い。ホテルのそばには小さな商店も沢山ある。
ソフィア行きのフライトは、少なくとも日本往復便よりはサービスが良い。しっかりしたランチが出、飲み物も何度も出る。
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ボヤナ教会は鬱蒼とした森林の奥にある。夕方になったせいもあり辺りは森独特の暗さに包まれ、もう閉まってしまったかと一瞬ドキッ。
入り口を入ってしばらくの場所に入場券売り場の小さな建物がある。スベトラーナが入っていったので外で待っていると、日本人が沢山通る。後で聞いたら、今日だけで大型バスに乗った日本人観光客が何組も来たとのこと。驚き。 スベトラーナがなかなか戻ってこないので小屋に入っていくと、中ではキップ売りともいえないバアちゃん達がストーブにあたりながら手仕事とおしゃべりの真っ最中。ボヤナ寺院はガイドツアーのみで、そのたった一人のガイドが戻ってこなければ皆何の用事も無いわけ。 |
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やっとおじいさんガイドが戻って来、出発。ガイドは手に大きな鍵を持っているが、内部は人いきれでフレスコ画が傷むといけないので説明を外で、ということで、まず教会の側面へ。
11世紀に時のブルガリア王によって建てられたレンガ造りの小さな教会が、13世紀に増築されたことが、外壁の材質の違いでよく分かる。19世紀にも再増築されたが、フレスコ画は11,13世紀の内部だけ。上の階と下の階にはそれぞれ守護神が別、とかさんざん説明の後、記念撮影までしてから、10分だけ、ともったいぶって、やっと内部へご案内。地獄の番人のような大きな鍵を持っている。 教会自体は小さなもので、世界遺産だというフレスコ画は修理中だったが、傷みが相当激しく、肝心の「最後の晩餐」の場面も消えかかっている。説明はしっかりしていたが、熱が入れば10分の制限時間も関係無しに我が物顔で内部を案内して廻るガイドに、文化財の価値がどれほど解っているのだろう、このような扱われ方で良いのだろうかと疑問が湧いた。内部には他にも沢山のフレスコ画が一杯に描かれている。 |
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キップ小屋に戻ると、室内の暖房がありがたいほどの夕寒。もうお客も絶えたのに、先ほどのバアちゃん達が楽しく談笑、ちょっとショボイけれどガイドブックらしきものがあるので購入。ここは現地通貨のみ通用。
同じ道をソフィアへ戻ると、平地のこちらはまだ明るいので、市内のアレクサンドル・ネフスキー寺院へ。5000人収容できるという巨大な寺院。外側は金色のドームとモザイク画が特徴的、内部は大理石や宝石で埋め尽くされて超豪華だが、何しろ大きいのに圧倒される。 |
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ブルガリアの宗教はブルガリア正教といって、ロシア正教とは少し違うようだが、その違いは寺院建築に顕著に表れているらしい、私にはよく分からないが。 ネフスキーという人は13世紀の有名なロシア軍人で、この教会の建物は、市内に沢山あるブルガリア正教寺院とは違い、ロシア教会風に建てられているとのこと。ロシアの教会と言えばモスクワ・赤の広場の聖ワシリー寺院のようなアラビアンナイト風のネギボウズ建築を思い浮かべるが、そういえばクレムリン内の寺院はどれもここのネフスキー寺院と同じような建て方だ。金色に輝くイコンも「らしい」が、屋根のキンピカ・ドームはちょっと地味。予算の関係か。 |
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一度宿に戻ってから夕食に再出発。信号が少なく、車がスピードを出すのでホント恐ろしい。地元の人で一杯の、ちょっと高級そうなレストランへ。
ブルガリアはヨーグルトで有名で、キュウリをヨーグルトで和えたサラダが有名で、この夜も出たが、料理のレパートリーは少ない。ま、日本のように何でもあって美味しい国から来ては、不満が出るのは当たり前だが。この先、同じような料理が何度も出て、食事の面では少々不満な旅だった。 |
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6月5日(土)朝食は一応コンチネンタル。品数が少ないが仕方がない。テーブルにバラが豪華に飾ってあり、皆大喜び。
夜到着した人の両替を済ませて、早速バラ祭りの町カザンラクへ向けて出発。運転手の名前はスウェート、スベトラーナの男性型とのこと。帰りにソフィア市内観光の時間が取れそうも無いので、バスで簡単に市内を廻る。 昨日見たネフスキー寺院の他、ロシア風のネギボウズ建築のセントニコラス教会、キリスト教弾圧時代の半地下ペトカ教会などを車窓観光、昔の宮殿が今では博物館になっている。 |
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国会議事堂を通りかかると丁度衛兵が交代中。車のスピードを落としてもらって大撮影会。すぐそばをブルガリア正教の坊さんが通り、更に大騒ぎ。
そのままカザンラクへ向かう。途中のガソリンスタンドは西洋並みに整えられており、とっくに自由資本の波がここまで来ていることを知る。でも沿道はのどかなもので、花々が美しい |
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ここブルガリアの女性の地位について詳しいことは知らないが、途中で通ったパザルディークという町は、トルコとの交易の中心地ということもあり目覚めも早かったのだろう、反トルコの民族運動が始動したこの地域の中でも、ウーマンリブの運動で知られているところだそうだ。
途中で「あれがバラの畑」と言われ見ると、沢山の葉の間にピンクの小さ目の花が咲き、ハマナスに良く似た風景、気候的にも同じような感じがする。
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今日のホテルはバラ祭りが行われる市の中心からはちょっと離れている、新しい建物。ホテルを囲む塀の外側は驚くほど沢山の車で、小さなバスも身動きできない。
ホテルに着くと、民族衣裳を着た少年少女が、大きなパンと香草を持ってお出迎え。以前ロシアの宇宙飛行船に乗った日本人が、着陸時にパンで歓迎されたのを思い出す。 |
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この夜はカザンラクの市民会館のようなところで、民族ダンスのレッスンがあるとのこと、まずは中高生くらいの子供たちの踊りを見る。
裕福とはいえない国ブルガリアで子供たちの憧れは、海外公演もある民族舞踊の踊り手とのこと、途中のインタビューでも上手になって海外へ行きたいと答える子供が沢山いた。そういう希望を持ってダンスのレッスンをしているわけだ。 続いて見物人にもレッスン。私たちも舞台に上がって踊ったが、日本人が多いこと、ちょっと驚きだった。 最後に、大人が着る民族衣裳を見せてもらってお開きになった。 夕食は郊外のレストランでのディナーショー。ちょっと狭い場所だが、妖しい魅力的なダンサー達が繰り広げる踊りに魅了された。雨が激しくて明朝が心配。 |
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雨が上がった芝生には可愛い陶器の置物が幾つも置かれ、高台にあるロビーからはカザンラクの市街地が一望の気持ちよさだった。
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祭りの後は、摘まれたバラの花びら処理工場へ。ビール工場のような蒸留釜のそばには花びらが入った袋が山積みになっており、私達の到着を待ってそれを釜の中に入れる。
ここで採られるバラはダマスク・ローズと呼ばれる、昔シリアから移入された特別香りが強い種類で、単純に香水として使われるだけでなく、世界中の香水メーカーに輸出され、バラ以外の他の香りもこれを混ぜることによって香りが安定するという効果があるとのことだ。 工場の庭には勿論、売店があり、香水、ジャムの他、ブルガリアの民芸品なども売られている。またバラ以外の香水の嗅ぎ分けコンテストのようなことも行われていた。 ここにはまた、昔の香水製造装置が展示してあり、蒸留した液体から浮かび上がるローズオイルを実際に取り出す作業も行われていた。この作業を担当するお腹の出たオジサンは日本にしばらく居たことがあるとかで、少し話をしたが、最近はどこにでも日本滞在の経験のある人が多く、これも驚き。 |
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この寺院の外には今までには見られなかった土産物屋が、世界共通の形で列をなして並んでいる。が、売っている物はおよそ観光客の興味を惹きそうなものは無かった。寺院に至る道は坂で細いため、沢山ならんだバスで、大混雑だった。
再びバスに乗り込んでプロブディフへ向かう。この近辺トラキア地方は紀元前からトラキア人が住んでいたところだそうだが、肥沃な土地の上に交通の要衝でもあったためギリシャ、ローマ、トルコなどの支配を受け、その遺跡も沢山見られる。ブルガリア第二の都市プロブディフはその中心地。昔の名前はアレキサンダー大王の父にちなんだものというし、町のあちこちに歴史を偲ばせる町名が付いている。時間があればもっとゆっくり訪れる価値のある町だ。 まずはこの町の特徴の一つでもある豪邸巡り。聖処女教会の脇を上っていくと通りに面して、とても個人の家とは思えない豪壮な家屋が並んでいる。現在はほとんどが博物館として公開されている。門前には家の由緒を書いたプレートが貼ってあるものもある。 途中には昔トルコ大使が住んでいたという家が現在レストランになっているものがあり、見学させてもらった。イスラムらしい美しい装飾の目隠し格子、涼しい中庭、岩盤の上に建てられているとのことで、レストランの床の一部には岩盤が露出したままになっている。 この地は陶土も良いのが取れるそうで、それら豪邸の裏通りに一軒、マエストロが一人で営む小さな工房があった。綺麗な色の陶器の中にはブルガリア独特のデザインというものもあり欲しかったが、少々重い。送ってもらうのもためらわれ、皆小さな陶器をそれぞれに購入。 |
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まずは Borovets というスキーリゾート。ここは全くスイスやオーストリアのスキー場と同じような作り。EU加盟による西洋の観光客を当てこんでのことだろう。売店などはまだまだという感じだったが、レストランにはスイスやイタリアの名前がついていて、バーガーやピザの看板が出ていた。
平地に出るとバザーらしいものに遭遇した。観光客相手ではなく純粋に日用品を売っているのだが、派手な女性下着が意外で奇異な感じ。その他には蹄鉄(テイテツ)や鋤(スキ)、鍬(クワ)などの農業用鉄製品が並べられているのが、西洋の市場との大きな差。スピードで行き交うトラックの合間には、やはり馬車がノンビリ通行していた。生きた鶏を売っているのは西洋でも同じだが、鶏の種類が少なく、食生活が豊かでないことを想わせられる。 |
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| 綺麗に舗装された新しい大通りから、大きな銅像が目印の角を曲がって、リラの僧院へ通じる山道へ入る。リラの僧院を開いた人はヨハネという名だが、勿論ヨルダン川にいたヨハネとは別人。こちらではイワンとロシア風に呼ばれる。
走って行くと、数日前からスベトラーナに予告されて楽しみにしていた「コウノトリのいる村」へ到着。広場に車を停めて見渡すと、なるほど家々の煙突には沢山のコウノトリの巣があり、コウノトリも居る。でも今まで通って来た村では全然見られなかったのが不思議。何か特別にコウノトリを惹きつけるものがあるのだろうか。 リラの修道院は奥深い山の中。トルコによる侵略時、イスラム勢力にやられなかったのは、奥地にあったことが幸いしたとのこと、細い道を進んで行くと、山の上には修道院領を示す十字架が幾つも見える。ブルガリア正教の総本山だとのこと。森林浴の極みのような山の中で、まず食事。修道院へ行く人以外に誰か通るのかしらというほど人里離れた場所だが、人家に毛が生えたようなレストラン。子供もいるが学校はどうしているのやら。ここでは食事の他、色々な果物のジャムや甘露煮を売っている。さっきの陶器でさえ迷ったのに・・・、でも珍しい「青いくるみの実のジャム」と「イチジクの甘露煮」を購入。自家製のように見えたが、他でも同じ物を売っていた、しかももう少し安く・・・。 |
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教会の建物は19世紀に火災に遭った後再建されたものだそうだが、すぐ隣には火災を免れた14世紀の時計塔が残っている。よく見ると内部には時計の機械のような物が置いてあるのが見えるが、残念ながら動いてはいないようだった。
写真を撮りまくり、バスの待っている裏門へ出る。緑に包まれた裏門周辺には土産物屋が数軒ある。切手の好きな私は郵便局を見つけたが、既に閉店していた。 周りにはレストランやホテルと思しき建物がいくつか。ガイドブックには「しゃれた」レストランと書いてあったが、そんなことはなさそう。一軒は水周りのトラブルで閉鎖中。 私達のホテルは約2kmの距離と書いてあったが、2kmの長さを痛感する距離で、川を挟んで僧院とは反対側にある。窓から見える僧院の景色が素晴らしいが、僧院は内側と外側の印象が極端に違うため、モダンな外観のそれが僧院と理解するのが大変。 格子の嵌った窓口でチェックインの手続きをする。ブルガリアのホテルは受付時にパスポートを預けなければならないが、格子の後ろ側の暗い空間に、年取ったオバチャンが二人座っているだけのここでは、預けるのが少々心配になる。 |
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夕食にはまだ間があるということで近辺を散策。人里離れたこんな所に子供も一緒に住んでいる人がいるんだ、と覗いてみると、それはホテルオーナーの自宅らしい。まわりは静まり返って、熊でも出てきても助けてくれる人は無し、なんて思うと、都会ッ子?の私たちは、静寂が恐ろしくなってホテルへ引き返してしまった。
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途中の道は正に森林浴。沢山の木々が鬱蒼と繁っていて気持ちが良いが、慣れない私には何か野獣が出て来はしないか恐ろしい。遅くなって困ったが、二人が誘ってくれなかったら絶対に来られなかった場所だろう、早足で歩きながら礼を言う。途中には長さ15センチ位のナメクジが何匹も横たわっていた。

飛行場へはほとんど時間ピッタリに着いた。ロンドンへ4人、ウィーンへ4人と別々の飛行機に乗るので、搭乗前に記念撮影。私は残っていたお金でずっと買えなかった切手を購入する。